【母の移送から通夜式まで】

 おはようございます。

 昨日は、一昨日のことも含めてお通夜の始まる前に報告しようと書きかけていたのですが、断続的に打ち合わせが入ったりして、せっかく書いたものが書きかけのまま消えてしまうことの繰り返しになってしまいました。


 21日には病院から馴染みのある場所を通って葬儀会場へ向かっていいということだったので、県議会議事堂前→父のいるグループホーム(父が外に出て待っていてくれ、母の頬に別れのキス!)→38年住んだ中の小路の旧宅前→白山の私の自宅前→大財の自宅前→緑ドレスメーカー学苑前→旧労働会館(現在の古賀銀行)→共産党東部地区前を通ってセレモニーホール東佐賀に連れて行きました。


 式場では亡き夫の姉上と弟君、母の洋裁の後継者でもある稲富満子さんが夜まで付き添ってくれました。父も8時半ごろグループホームの蓮池さんに連れてきてもらい、30分ほどじっくりご対面。
 父は、グループホームのほかの入居者の方やスタッフの方に影響があるといけないので、通夜式にも告別式にも参加できないということで、本当は参列してくださる方と会いたかっただろうと思います。


 その後、第一夜を一人で母と過ごしながら、遺影や式の中で使う写真を選ぶことや故人の経歴をまとめるという宿題を授かり、悲しむ暇もないという状況でしたが、横に眠る母は、時々咳払いや寝言を言い出すのではないかというくらいに普通の雰囲気でした。



 一夜開け、納棺の儀に立ち会わせていただき、丁寧なお仕事ぶりに感銘を受けました。母は白装束を着るのではなく、いつもデイサービスやグループホームで過ごしていた服で旅立ってもらうことにしましたが、背中が曲がっていた母の胸にドライアイスを詰めていただいたおかげで、女学校時代に弓道をたしなんでいたという母の姿勢の良い姿が蘇ったのも嬉しいことでした。



 昨日の通夜式には、議会事務局からの応援や稲富さんのお連れ合いのお手伝いもいただいて、時間差でのべ70名から80名くらいの方がご参列くださいました。


 新型コロナ問題で、みなさん時間差でおいでになるので、18時開式の時にどのくらいの方がいてくださるかしら…と思っていたのですが、用意された32席に程よく落ち着いた状態で安心しました。前後でいらしてくださった方も含め、本当にありがとうございました。


 締め切り時間ギリギリまでかかった遺影やDVDの写真選び、経歴まとめの結果、さすがのプロの仕事ぶりでとても感動的な仕上がりになっていて、あらためて母の真直ぐな生き様に触れることができました。


 式場はシンプルで、母のデザイナー時代の作品やいつも着ていたコートなどをかけ、母が終始食べたがっていたお菓子の数々も並べておきました。


 実は、式に参列できない父や遠方の親族にも見せたくてビデオカメラを用意していたのですが、写せずじまい。いつもカメラを担当する私自身が喪主なので、写真もありません。
 今日はなんとか忘れずに撮影できたら、と思い、事前にビデオカメラをセッティングしてみました。スイッチを入れるのを忘れないようにしなくては。


 まずは通夜式にお越しいただいた皆様、ありがとうございました。


 お昼からいよいよ告別式です。今日もよろしくお願いいたします。
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#家族の肖像

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