【生活保護裁判、佐賀地裁が訴え棄却】

 佐賀に戻ってきて、テレビをつけたら全国で行われている<命の裁判>と呼ばれる生活保護訴訟(生活保護の生活扶助基準の切り下げは、「健康で文化的な最低限度の生活」を保障する憲法25条に違反している、という趣旨)で佐賀市を相手取って佐賀市でも行われていましたが、佐賀地裁が訴えを棄却したと報じていました。

 佐賀地裁は、生活保護基準については厚労大臣の裁量権があるもので、基準の取り扱いに不備があったとは認められない、という判断をしたとのことですが、この訴えは、取り扱いの不備というような実務上の話ではなく、そもそも、生活保護基準が「健康で文化的な最低限度の生活」というレベルにあっていると言えるのかどうか、という根源的な問題提起なのです。

 大阪地裁以外では訴えを棄却されているとのこと。

 今後もこの提起は続くと思います。

 ちなみに、生活保護基準がどのくらいなのか、ということは地域によって違っています。

 それをざっくり計算できるフォームを提供してくださっている事務所があるので、ご紹介します。参考までにあなたのお住まいの地域を入れ、あなたの世帯の条件を入れてみてください。

 果たして、その金額で1ヶ月暮らせるかどうか、ご一緒に考えてみませんか?

◆生活保護費計算フォーム→https://fuse-law.jp/cgi-bin/welfare_money.cgi
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#生活保護基準
#命の裁判
#健康で文化的な最低限度の生活
#生活保護費計算フォーム
#憲法25条

【近江八幡市の医療的ケア児支援〜保育受け入れを中心に@佐賀市議会視察研修②】

 近江八幡市では、医療的ケア児への支援として特に保育所や幼稚園での受け入れ態勢整備について伺いました。

 滋賀県は、びわこ学園での障がい児支援や子どもの病気の早期発見・早期治療に結びつけるという視点で始まった乳幼児医療費無料化の「大津方式」などで有名で、福祉や保健・医療が公的に行われるのが主になっているようです。

 近江八幡市でも34の公立の保育園、認定こども園、幼稚園(幼稚園は公立のみ)などの就学前の子どもの施設があり、その中で平成27年に初めて1型糖尿病のお子さんが一般の保育園での入園を希望されてきたところから医療的ケア児の受け入れが始まったとのこと。

 保育園では医療的ケア児受け入れのために既存の保育室を一部屋あけた公立保育所で、現在3、4、5歳児さんを各1名ずつ受け入れているとのこと。

 体制としては、正規の看護師1名と会計年度職員2名を配置されているとのことで、事前に発達障害の子どもの受け入れ情報が分かる時点(前の年度の8月より前)から配置について検討し、9月以降の看護師募集としているとのこと。

 本人にとっては、血糖管理や酸素吸入管理、胃瘻などの医療的ケアを受けることによって、一般の子どもと同じ環境で保育を受けることができること、保護者にとっては子どものケアの負担を軽くして、就労の機会などを得ることができること、看護職にとっては、夜勤等のない職務など、新たな職場の条件が広がること、保育士にとっては、様々な保育の専門性を高め、保育の質の向上につながること、といったメリットがあります。

 その一方で、マンパワーの確保の苦労や子どもの障がいの度合いによって、医療行為のレベルの違いや緊急時の対応のあり方など、保護者、保育施設、医師、行政がしっかりカンファレンスを行いながら進めていく必要性がある、などの課題も見えてきたとのことです。

 また、医療的ケアをするスペースの問題で、20名定員の保育室を活用しているとのことですが、子ども一人に保育士と看護師がつくので、ケアをする時にバギーを置くスペース、子供を寝かせながら対応するスペースなどで、子ども3名が入れば結構いっぱいになる、とのことでした。

 これは、佐賀市で本庄こども園を整備するにあたって「医務室」が整備される予定となっているものの、医療的ケア児を受け入れる場合にどこまで必要なのか、医務室というより「医療的ケアスペース」として確保する必要があるのではないか、という問題意識を委員全員が持ったところです。

 この問題での所管事務調査をしているタイミングだったので、いい研修になりました。

 最後に議場を見学させていただいたところ、コロナ対策で議席を一つあかしにされていて、後ろの年長議員の議席は仮の長机が置かれていたのにびっくり。この2年、そういう対応をされているとのことですが、今でもそういう議会は他にあるのでしょうか。

 ところで、対応してくださった議会事務局の職員の方は立命館のご出身とのことで、ホテル出発の時に名刺交換させていただきました。さらには、研修後の副委員長のお礼の挨拶では、関学出身の西岡副委員長、同志社出身の福井議員と立命出身の私という顔ぶれを受けて、「関関同立の3議員全てがこの委員会にいて、懐かしい関西弁を聞かせていただいた」というくだりがなんとなくウケてしまいました。
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#佐賀市議会
#福祉教育委員会
#視察研修
#近江八幡市
#医療的ケア児支援
#保育受け入れ

【豊田市の重層的支援体制「推進」事業に学ぶ@佐賀市議会】

 豊田市は「トヨタの城下町」という言葉から、勝手に工業都市のイメージがありましたが、合併した市域918km2(佐賀市の2倍)の7割が山林だそうで、農業も盛んだそうです。そして、残り3割の旧豊田市の地域に人口の95%が集中しているとのこと。

 今回話を聞いた「重層的支援体制整備事業」は、多様化し複雑化する市民の相談や困り事に、分野の枠を超えて課題解決に向かうという多機関協同の総合相談事業をさらに充実発展させるという立場から「整備」ではなく「推進」という言葉を使うという点で、豊田市の自負を感じました。

 佐賀市でも同じく平成29年から多機関連携のモデル事業選定を受けて「福祉まるごと相談窓口」が置かれてきたので、その取り組みにも共通する内容でしたが、豊田市の場合、①「中学校区よりも小学校区、さらにもっと小さな自治区の単位で」という視点で相談できる場や社会参加できる場を作ろうとされていること、②社会参加の支援について、行政や社協だけでなく幅広い民間の力を引き出してのプロジェクトチームを構築していることに注目しました。

 詳しくはまた報告しますが、「支え合いの地域」という言葉だけで、地域任せになってしまいがちな発想ではなく、地域づくりと併せて全市的な視点でのフォロー体制を築くことによって、どこに住んでいても地域の中で暮らしていける仕組みができていくのではないか、という大きなヒントを得ることができました。

 研修の後、議場を見せていただいたところ、豊田市議会の議場には、手話通訳者の席が置かれていました。新人の議員の中にろう者の方がおられるとのこと。国会で重度身障者の舩後靖彦さんと木村英子さんが議員になったことでハードとソフトでの大きな変化が生まれたように、やはり当事者の方が議員になると、ダイナミックに改革されていくというのを感じました。

 明日は近江八番市で医療的ケア児への支援についての研修です。
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#佐賀市議会
#福祉教育委員会
#視察研修
#豊田市
#重層的支援体制推進事業
#より小さなコミュニティ
#官民協働での社会参加の受け皿づくり
#議場に手話通訳者

【今日から福祉教育委員会の視察です】

 今日から福祉教育委員会の視察研修で豊田市、近江八幡市へ行きます。

 佐賀を発つ時は小雨模様でしたが、新幹線で北上するうちにすっかり晴れています。

 そして、一瞬の京都。途中下車したいなあ…(笑)

 といっても、駅を通過した直後の、開発ラッシュなのかなんなのか、林立するクレーンに驚きましたが…。
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  豊田市の駅前のホテルに着きました。
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 44万人口の「トヨタ」の城下町、ということもあるのでしょうが、駅からのびたペデストリアンデッキや芝生の広場がいい感じで、すぐそばのビルには1階にストリートピアノのある交流の広場、2階には商業施設、3階以上に市立図書館、コンサートホール、能楽堂が入っているとのことで、これには心が惹かれました。

 図書館もちょっとだけ覗いてみましたが、中は広々としていて、時間があればもっとじっくりみてみたいと思いました。
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 ただ、夜になると9時前でも人通りがめっきりと少なく、開いている飲食店もお客が少なそうで、コロナの影響がまだまだあるのだと感じました。

 みんなで食事を済ませ、ホテルに戻ってから、15日に行われる武雄市での防災フェスタに関して、県防災士会の中で救命体験コーナーを担当するグループでのオンラインのミーティングを短時間。オンラインは助かりますね、どこにいても参加できるので。

 明日は、豊田市で重層的支援体制整備事業(地域や世帯の課題解決のために、市の縦割ではなく関係する部署と社会福祉協議会などが協働していく仕組み)についての視察研修です。この項目は、私も要望していたものです。



#豊田市
#トヨタの城下町
#重層的支援体制整備事業

【5月14日は地元の3名の市議で合同の意見交換会@勧興まちの駅】

 佐賀市議会の「議員と語ろう」の会が終わったところで、今度はわたしの地元校区で、3名の地元市議の合同の意見交換会を開きます。

 これは、毎月第2土曜日の「勧興まちの駅」の5月のメインイベントとしてまちづくり協議会で企画していただいたものです。

 議員個人や会派での議会報告会や意見交換会が行われるのはよくあることですが、会派を超えての合同の取り組みというのは貴重なものだと思います。

 今回は、宮﨑健議員、諸冨八千代議員と私・山下明子が、議員として取り組んでいること、この校区をどんな地域にしたいのか、といったテーマでお話しし、参加者のみなさんと意見を交わすという内容です。コーディネーターは元市議の福島龍一さんです。

 勧興公民館でのまちの駅に、ぜひ、お気軽にお立ち寄りくださいませ。

◆と き;5月14日(土)10時〜

◆勧興公民館 大会議室

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#勧興まちの駅
#勧興公民館
#まちづくり協議会
#どんな地域にしたい
#みんなで語り合おう

【3度目の正直実らせた!「議員と語ろう@佐賀市の今とこれから「@佐賀市議会】

 2年連続でコロナ感染拡大の影響で中止となっていた佐賀市議会の「議員と語ろう〜佐賀市の今とこれから」が、3度目の正直を実らせた形で、無事に開くことができました。

 今回は、従来の中学校区を基本とした地域の公民館などでの開催ではなく、1カ所にしぼって全体会とテーマ別の分科会で行うというやり方になりました。

 果たしてどうなるだろうかと気を揉んでおりましたが、全体として約80名の方にお越しいただき、分科会も参加者の分科会も参加者の人数によらず、それぞれに意見が出されたようで、まずますの内容だったのではないでしょうか。

 今日はお昼前から広報広聴委員会のメンバーと助っ人の議会事務局職員の方とで下準備をし、開会前には全議員が会場前の交通整理や受付、誘導、分科会の会場設営などそれぞれ役割を果たしていただきました。また、記録役を買って出ていただいた議員には、全体会や分科会でご活躍いただきました。

 全体会では、私・山下明子が進行役を仰せつかり、堤議長の挨拶の後、広報広聴委員会の永渕委員長が議会全体の取り組みや市議会だよりの「読み方」(活用)について説明を行いました。

 その間、私は傍に控えていたついでに、UDトークの誤変換の修正をしておりました。一人ではなかなか追い付かないと思っていたら、どうやら私以外にも修正をしてくれている人が会場におられ、連携プレーができました。(あとで聞いたら、UDトークサークルの方が自主的に協力してくださっていたそうです。助かりました!)

 質疑応答では、最初はなかなか手が上がらなかったのですが「それでは」と最初に口火を切ってくださった方が「議会のことはよくわからないのですが、一般質問はどういう風に行われるのか、順番決めなどは?」というイロハの質問をしてくださったことで少し緊張もほぐれた感じで、SDGsの取り組みへの提言、オスプレイ問題では「市民への説明がないので議会での質問があっても伝わらないから、議会便りの特集号でも出してほしい」というご意見がありました。

 また、議会だよりの中で「賛否が分かれた議案」についての各議員の態度一覧があるのですが、それに関して「全部が⚫️で反対となっている議員がいるが、どういう考えなのか。また、ずっと欠席の議員がいるが、なぜか」という大変率直な質問がありました。

 欠席の議員は、あいにくご家族のコロナ感染により濃厚接触者となったため出席できなかったという理由だったのですが、「全部⚫️」というのは私のことだったので、司会席からお答えしました。

 議案全体は30数件あるうちで4件について反対しており、それぞれ反対理由を討論で述べていること、その内容についてはここでは時間がないので、ぜひ、議会の動画配信や会議録を見てほしい、ということをお伝えしたのですが「全部反対しているのだったら、山下議員に票を入れた人の不信が生まれるのではないかと思う」というご心配の声も頂戴しました。

 いやあ…実際、議会だよりの限られた紙面の中で「賛否が分かれた議案」だけを載せるなら、こういうことになるのだろうと覚悟はしておりました。ただね、市長提案の議案だけでなく、議員提案の意見書も掲載してはどうか、と前から提案していたのです。なぜなら、意見書案に関しては、自民系の議員の多数の反対で否決されることが少なからずあり、それについては賛否が分かれても「賛成少数により不採択」と小さく( )書きされるだけなのですが、意見書も正式な議案なのですから、本来なら「賛否が分かれた議案一覧」に載せるべきではないかと思います。それこそ「核兵器禁止国際条約の批准を求める意見書」とか「最低賃金の引き上げを求める意見書」などに、どの議員がどんな態度を取ったのかが一目瞭然になるのですが…。

 閑話休題、後半の分科会は、私の所属する福祉教育委員会は「情報コミュニケーション条例を考える」というテーマで、引き続き大きなホールでの開催となり、50名近い参加をいただきました。

 こちらでは、西岡副委員長の司会進行のもと、村岡委員長のごあいさつにつづき、昨年まで委員会で取り組んできた情報コミュニケーション条例制定に関する調査の報告を私が行いました。これは、改選前から引き続いて委員会に残っていたのが重田副議長と私の二人だったから、という理由でもあるわけです。

 今回は、佐賀市の執行部も条例制定に向けて動き出したタイミングでもあったし、当事者団体との意見交換も改選前の委員会でしか行っていなかったので、新しいメンバーにとっては、直接当事者の方からの意見を聞かせていただく貴重な機会になりました。

 また、委員会での意見交換は、障害の種別ごとの団体に分けていたので、聴覚障がい、視覚障がい、知的障がいなど、障害の違いを超えての意見を聞きあえることができたのもよかったと思います。

 出された意見の中では、ろう者の方からは「手話を言語として認めて条例の中でも重視してほしい」という強い思いが述べられ、難聴者の方からは「手話のわからない人も多く、UDトークがあって助かるなど、いろいろな障がいの人を対象にして考えてほしい」という意見、視覚障害についても、全盲の方から「音声付き信号機の不備」のこととともに「最近、市役所からのワクチン予防接種封筒に点字がつけられていて、他と紛れずに助かった」という意見、弱視の方からは「点字ブロックがくっきりした色でないと識別できないし、点字ブロックの上に物を置いたりしないでほしい」という声、知的障がいの方のご家族からは、「最近はコミュニケーションボードがあるが、小さい時から使っていないと、大人になってからは使いこなせない。知的障害の場合は、自分が困っているかどうかも自覚できないこともあり、周りの理解があるような社会になってほしい」という意見をいただきました。

 言語としての手話文化の重要性については、これまでの意見交換会を通じて受け止めてきたつもりですが、やはり、そこへの強い思いがおありなのだということをあらためて認識しました。

 同時に、視覚障害の方にとっての点字もまた、小さい時から学び合うことができれば、という願いを持っておられるわけで、障がいの有無や障がいの種別を超えて、理解し合うことが大切なのではないかと思います。

 こうしたやりとりを踏まえ、今後の条例づくりの議論に生かしていきたいというまとめになりました。

 福祉教育委員会の分科会が終わったのは、意外にも一番早く、他の分科会はさらにじっくりとした話し合いになっていたそうで、その内容も気になるところです。

 今回の内容を全体で共有し、今後に生かしていきたいと思います。
ご参加いただいた皆様、ご協力いただいた皆様、ありがとうございました。

 なお、今回は「情報コミュニケーション条例を考える」の分科会のみ、手話通訳と要約筆記を用意するということで、全体会はUDトークのみ、としていたことで、聴覚障がいをお持ちの方にご不便をおかけするのではないかとハラハラしていたのですが、手話通訳の方と聴覚障害者団体の方との人間関係のおかげで、全体会の部分はご好意で通訳を引き受けていただきました。本当にありがとうございました。

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#佐賀市議会
#議員と語ろう
#三度目の正直
#分科会方式
#情報コミュニケーション条例

【ウクライナ戦争を庶民の立場から見る@松尾匡さんの見解】

 日々のウクライナ戦争をめぐる報道に触れながら、戦禍に追われるウクライナの人々に胸を痛め、1日も早くこの戦争が終わることを願う一人です。

 国際紛争の手段としての武力行為を否定した国連憲章に照らして、どうみてもロシアの侵略行為は許せるものではありません。

 このウクライナ戦争に関して「親ロシア派VSネオナチ」「ロシア対米国」などの言葉が行き交う一方で、「ロシア国民すべてが悪ではない」「これはプーチンの戦争であり、ロシア人一般を排除すべきではない」という配慮の報道・論評もあります。

 この戦争を「国対国」という単純な見方をしない方がいい、という点で立命館大学の松尾匡さんが示している見解に共感を覚えます。

 これはロシアのウクライナ侵攻に反対する「国会決議」に対して反対したれいわ新選組の対応に関しての見解を述べているものですが、
松尾さんの文をあらためて拝読し、庶民の立場に立ってこの戦争をどう見るか、という点で、2ヶ月経った時点でもスッキリと腑に落ちる内容だと思いましたので、ご承知の方もあるとは思いますが、参考までにこちらにもリンクを貼ります。

https://note.com/matsuo_tadasu/n/n0de95fb375c7

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#ウクライナ戦争 #ウクライナに平和を #戦争の犠牲者はいつも弱者 #戦争反対 #ロシアの撤退を #平和を願う連帯

【いよいよあさって@『議員と語ろう 議会報告&意見交換会』】

 毎年5月に開かれてきた佐賀市議会の「議員と語ろう〜議会報告会」が、この2年間はコロナ感染防止のために中止となってきました。

 いよいよ、3度目の正直ということで、5月8日(日)14時からメートプラザ佐賀で開かれます。

 これまでは市内5か所から9か所の公民館などで班に分かれて出前方式で行ってきましたが、昨年、テーマ別の意見交換と組み合わせる形で1か所で開いてみようと企画しました。

 昨年はやはりコロナで中止になったため、今回はリベンジです。

 ただ、今までは各校区の自治会にご協力をいただき、回覧板での告知をお願いしたりしてきたのですが、今回は1部の全体会場と2部の分科会の会場が別になっていて、会場ごとにコロナ対策としての上限数を設けたために幅広く広報しづらい面もあり、テーマに関係する団体などに案内をしながら、あとは市報とテレビやラジオでの宣伝に留めていました。

 その結果、今日の段階でも、まだまだ各分科会の会場には余裕があります。事前申し込みとはしておりましたが、当日ご参加いただくことも可能な状況です。

 この機会に、覗いてみようかな、と思われる方はお気軽にお越しくださいませ。

 なお、多目的ホールの会場ではUDトークでの対応を準備しています。

◆佐賀市の広報番組でもPR→ https://youtu.be/hYeR7LN2h00

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#佐賀市議会
#議会報告会
#議員と語ろう

【歩道の改良@市民アンケートでの要求実る】

 昨年からの市民アンケートにもとづく要望を提出していた件で、長いこと気になっていた歩道の改良が行われていました。

 成章中北側の市道で、国道264号線との交差点に向かう歩道が昔からかかっている橋の欄干の部分だけ非常に狭くなっている上、車歩道分離のための反射板付きの鋲が大きすぎて、かえって歩行者や自転車にとっては危険なので、橋の部分を広げて欲しい、ということを何回か要望していました。

 最初は射歩道分離のブロックが置かれていて、これが大変不評だったので、撤去して代わりの対策を求めていたら、今度は大きな反射鋲がつけられたのですが、それがまたかえって危険だということだったのです。

 当初は「橋を広げることはできない」としていたのですが、欄干を外して外側にガードパイプを張り出させる形で歩道部分を広げてくれていました。写真のアスファルトから白く広がった分が拡張部分です。

 長年、問題にしてきた危険箇所がようやく改良されて一安心です。

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<改良前>
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#市民アンケート
#道路の安全
#住民こそ主人公

【今日から5月】

 今日はメーデー。
 
 本来なら佐賀の集会に参加する予定でしたが、実家の家主さんのご家族が亡くなられたので、そちらのお悔やみに出かけました。

 声楽家でいらっしゃる姪御さんが捧げられた歌も久しぶりに聴くことができました。「荒城の月」と「ちいさい空」という曲が胸にしみました。

 母がデザイナーをしていた時に、呉服元町商店街の繋がりでずっと懇意にしてくださった繋がりで、20年ほど前の両親の家の引越し先を見つけることができたのでした。

 実は、まだその実家の後始末ができていないのですが、これを機会にそろそろ重い腰を上げて整理する時が来たようです。
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#日々のこと

【いよいよ4月も終わり】

 久しぶりの投稿です。

 父を見送ったあと、しばらく投稿していたなかったので、「どうしてるのか」とご心配の声をいただいたりしておりましたが、おかげさまで私は無事に生きております。

 実際には、父の葬儀の翌日から議会の会議もあり、市議会便りの編集作業、5月8日に控えた議会報告会の準備、本庄こども園の建設に関しての福祉教育委員会の所管事務調査などに取り組んでおりました。

 この間のことは、ボチボチお知らせしてまいります。ひとまず、4月のうちに生存報告といたします。

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【最後の朝】

 昨夜はいろいろ整理することがあり、結局夜中4時近くになってしまいましたが、ともかく「ホテルベッド」で横になることができました。

 そして、今朝も父はいい顔しています。

 父には朝のコーヒーを飲ませてあげようと棺の前にお供えしました。

 式場にはクラッシクックの素敵な音色が響いています。

 いよいよ父とお別れの朝が来ました。
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#家族の肖像
#父のこと

【まちがい】

 昨日の父の湯灌が気持ち良さそうだったことに触発されたのと、式場控え室のホテル並のバスルームを満喫したいのとで、入浴したと思しめせ。

 シャワーで頭を洗っていても、一袋を3回に分けて使うシャンプーがちっとも泡立たないので、おかしいなあ…と袋を確かめたら「コンディショナー」でした。そりゃあ、泡が立たないはずです。

 それで、今度こそと確かめてシャンプーを使ったら、ちゃんとたくさん泡が立ちました。

 アメニティグッズがけっこう充実しているのですが、シャンプーとコンディショナー、ボディソープが同じデザインなので、区別がつきにくかったのでした。

 何気なく並べてコンディショナーが上になってしまったために起きたことでした。

 いやはや…ちょっとお疲れモードかしら。

 ゆっくりシャワーを浴びて、おかげさまでリラックスできました。
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#スケッチ
#そこつもの

【通夜式】

 4月3日に96歳で天寿を全うした父・山下虎芳の通夜式を、無事に執り行うことができました。

 コロナ禍という時期でもあり、また年度始めの何かとご多様な中をお運びいただいた皆さま、多方面でお手伝い頂いた方々には、心からお礼申し上げます。

 母の時に続いて「無宗教」での通夜式ということで、お寺の御読経がない分、時間も自由だったこともあり、私の喪主挨拶で父の96年を語らせていただきました。

 この2日間、写真を振り返ってみたり、父の歩みをあらためて確認する中で、波乱万丈な一生だったのだなあ…と感銘を受けました。

 「経歴」をまとめるように言われましたが、正確な年代などは曖昧なままだったのですが、「何をしてきたか」を書き起こしているうちに、父についてのなるべく多くのことを伝えたい、と思い、それが溢れて、長い長い喪主挨拶になりました。

 あとで、式場の方による「故人の経歴紹介」の内容が被ってしまうことになるので、司会の方にはお気の毒だったのですが、私が思いのままに話したことを少し客観的に整理した表現で伝えていただいた分、よりお聞きいただく方の心に留めていただくこともできたのではないかと感じています。

 参列してくださった方からは「虎さんの一生をきちんと聞いたのは初めてだった」「けっこう波乱万丈だったのね」「スライドで思い出の写真が流れる時も、詳しい話を聞いた後なのでわかりやすかった」というご感想を頂戴したので、一安心です。

 父は、母の通夜・葬儀には出席できなかったので、懐かしい皆さんと会えないままでいましたが、今日、多くの方々に見守っていただいて喜んでいると思います。

 今夜もいい顔して眠っています。

 明日までゆっくり休んでいてね。
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#家族の肖像
#父のこと
#通夜式
#無宗教

【折り鶴つくり】

 昨日からたくさんのお見舞いやお悔やみの言葉をお寄せいただき、本当にありがとうございます。

 お一人お一人のメッセージ、拝読しながら父にも伝えています。

 昨夜は結局日付をまたいで式場で作業していましたが、今朝は少し寝坊してしまいました。

 写真選びや経歴のことなど、式場に着いてから残りの作業を済ませました。

 おかげさまで、いい感じに飾り付けていただいています。

 父はといえば、相変わらずぐっすり気持ちよさそうに眠っています。

 お昼過ぎに、亡き夫の義姉さんと義弟さん(私より年上だけど)がきて下さり、ただいま3人で折り鶴づくりに励んでいます。
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#家族の肖像
#スケッチ
#父のこと

【居心地良すぎて】

 明日の通夜に向けて、写真を選んだり父の経歴を確認したり、とけっこうやるべきことが盛り沢山なので、一日ゆとりを持たせていただいたのは正解だったとつくづく思っています。

 昨夜、父を連れてきた控え室は普通の小部屋でしたが、午後の納棺の後、正式な控え室に移動しました。

 以前、母の時にも使わせていただいたお部屋だったかと思うのですが、この間リニューアルされていて、一歩足を踏み入れるとまるでマンションの一室のようでびっくり。

 前は和室だったのですが、洋間に変わっており、奥にはベッドが二つ置かれた部屋、真ん中には大画面のテレビと食卓の部屋、その次がいわゆるリビングルーム、という感じで、キッチンもお風呂もトイレもあるので、思わず「ずっとここにいたいです!」と声をあげてしまいました。

 そんなわけで、自宅と式場を行ったり来たりするはずだったのが、結局夜まで式場で過ごしつつ、やるべきことに取り組んでいます。

 とはいえ、写真を選ぶのも迷ったり、関係ない他の写真に見入ったりするものですから、全然進まない。果たして、明日の朝、無事に式場スタッフさんにお渡しできるやら…。

 あまりの居心地のよさに、うっとりしながらの作業をする夜です。
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#スケッチ
#葬儀場
#リニューアル
#メモリードホール東佐賀

【湯かんでゆったりの父】

 今日は父の納棺に先立って、湯かんをしていただきました。

 3月15日の入院以来、体力が弱っていたため入浴できないまま清拭だけで過ごしていたようだったので、病院でのエンゼルケアとは別に、お湯を使ってシャンプーとマッサージ・入浴をさせてもらえたらいいな、と思い、湯かんをお願いしました。

 小さな控え室でしたが、簡易式の浴槽を持ち込んでいただき、湯かんの説明を受けていると、あら不思議、なんだか父の口元が綻んだように見えました。

 「お風呂に入れると聞いて喜んでいるに違いない!」と私も嬉しくなりました。

 人間は最期を迎える時に、全身の力を振り絞って呼吸するのですって。それで、結構汗をかくのだそうです。

 ですから、エンゼルケアできれいに身体を拭きあげていただくだけでなく、マッサージして身体をほぐし、汗やいろいろな体液を洗い流してあげると柔らかくなるし、告別式までの時間を気持ちよく過ごしてもらえるということで、その様子も見せていただきました。

 途中、ちょっとした処置をするときだけ席をはずしましたが、あとはシャワーでお湯をかけてもらったり、タオルで身体を覆ったまま、優しく洗ってもらっている様子は、本当に気持ちよさそうでした。

 身体を拭く時は、私も顔のまわりにそっとタオルを当てながら拭かせていただきました。

 髪をドライヤーで乾かしてもらい、髭をあたって、ほんのりメイクをしてもらったら、まるでただ眠っているような柔らかい雰囲気になって、気のせいでなく満足そうな父の表情を見せてもらうことができました。

 あらためて普段着の旅立ちの服を着せてもらったのですが、硬直していた身体が幾分柔らかくなっていて、着せやすかったと言われていました。

 母の時の納棺士の方の手さばきも見事でしたが、長い間食事も喉を通らず点滴だけで過ごしていた父が、ゆったりと眠っている姿は私にとっても大きな慰めとなります。

 というわけで、初めて目の当たりにした湯かんのおかげで、昨夜、最後の一瞬に間に合わなかった分を取り戻せるような「心の対話」ができました。
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#家族の肖像
#湯かん
#納棺
#ゆったりの父
#グリーフケア

【湯かんでゆったりの父】

 今日は父の納棺に先立って、湯かんをしていただきました。

 3月15日の入院以来、体力が弱っていたため入浴できないまま清拭だけで過ごしていたようだったので、病院でのエンゼルケアとは別に、お湯を使ってシャンプーとマッサージ・入浴をさせてもらえたらいいな、と思い、湯かんをお願いしました。

 小さな控え室でしたが、簡易式の浴槽を持ち込んでいただき、湯かんの説明を受けていると、あら不思議、なんだか父の口元が綻んだように見えました。

 「お風呂に入れると聞いて喜んでいるに違いない!」と私も嬉しくなりました。

 人間は最期を迎える時に、全身の力を振り絞って呼吸するのですって。それで、結構汗をかくのだそうです。

 ですから、エンゼルケアできれいに身体を拭きあげていただくだけでなく、マッサージして身体をほぐし、汗やいろいろな体液を洗い流してあげると柔らかくなるし、告別式までの時間を気持ちよく過ごしてもらえるということで、その様子も見せていただきました。

 途中、ちょっとした処置をするときだけ席をはずしましたが、あとはシャワーでお湯をかけてもらったり、タオルで身体を覆ったまま、優しく洗ってもらっている様子は、本当に気持ちよさそうでした。

 身体を拭く時は、私も顔のまわりにそっとタオルを当てながら拭かせていただきました。

 髪をドライヤーで乾かしてもらい、髭をあたって、ほんのりメイクをしてもらったら、まるでただ眠っているような柔らかい雰囲気になって、気のせいでなく満足そうな父の表情を見せてもらうことができました。

 あらためて普段着の旅立ちの服を着せてもらったのですが、硬直していた身体が幾分柔らかくなっていて、着せやすかったと言われていました。

 母の時の納棺士の方の手さばきも見事でしたが、長い間食事も喉を通らず点滴だけで過ごしていた父が、ゆったりと眠っている姿は私にとっても大きな慰めとなります。

 というわけで、初めて目の当たりにした湯かんのおかげで、昨夜、最後の一瞬に間に合わなかった分を取り戻せるような「心の対話」ができました。
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#家族の肖像
#湯かん
#納棺
#ゆったりの父
#グリーフケア

遅い朝食

 昨夜の病院呼び出しからずっと詰めていて、途中で2時間弱眠っただけでしたが、アドレナリン全開ですね…。

 やっと初めての食事にありつきました。
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#スケッチ

【96歳の父、旅立つ】

 昨夜、入院中の父の容態が急変したとの知らせを受け、駆けつけたところ、父はすでに旅立ってしまいました。

 電話をいただいた直後に息を引き取ったそうで、私の到着後に当直ドクターに確認していただき、午後11時11分の死亡となりました。

 昨日、父を見舞った時には、まだなんとか持ち直してくれるかと思ったのですが、どうやら、やっと直接会えたことで安心したらしい…とは担当ナースさんのお言葉でした。

 寅年生まれの虎芳さん、2月12日に96歳の誕生日を迎えて、目標の100歳まで頑張っていけるかと思いましたが、一昨年先に旅立った母に会いたくなったのでしょうね。

 酸素マスクを外した父はとても安らかでした。

 グループホームの方で、父がふだん着ていた服などを用意してくださり、エンゼルケアのあと、それを父に着せてもらいました。

 90歳まで日刊新聞の配達をしていた父なので、元気な姿の印象しかない感じですが、さすがに晩年は細くなってしまい、足腰が衰えてしまったのが心残りです。

 でも、いつもの服を着て、また自転車に乗っていきそうな感じで、いま眠っています。

 真夜中の旅立ちで、私も一人でいろいろ準備も必要だということもありまして、1日ゆとりをいただくことにしました。

 みなさまには、地域や各分野でひとかたならぬご縁をいただき、私もその父の歩みの背を追ってくることが出来ました。亡き母や私を支え続けてくれた父には心からの感謝しかありません。

 なお、お別れに際して、お見送りいただく方がありましたら、以下の通りとさせていただきます。

◆通夜 4月5日(火)18時から
◆葬儀 4月6日(水)11時から
◆メモリードホール東佐賀にて、無宗教で執り行います。
 (佐賀市東佐賀町6−21 TEL 0952−27−0078)  

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#家族の肖像
#父のこと
#旅立ち
#寅年の虎さん
#8度目の寅年
#長い間お疲れ様でした
#心からの感謝

【佐賀空港へのオスプレイ配備反対県民集会】

 佐賀空港への自衛隊オスプレイ配備反対の県民集会がスポーツパーク川副で開かれました。

 これまでは一部の国会議員だけが紹介されていましたが、今回は、いつも各種の集会に参加しながら地元の議会でオスプレイ反対で論陣を張って頑張っている県議・市議も紹介していただきました。

 この問題が川副だけの問題ではない、ということもあってか、集会の進行を鳥栖市議の牧瀬昭子さんが務めてくださいました。

 集会に先立って、佐賀のうたごえ合唱団による演奏と沖縄での基地の実態を伝えるドキュメント映画「菜の花の沖縄日記」のダイジェスト版の上映もありました。

 開会のあいさつに立った地域住民の会の古賀初次会長は、防衛省と県と有明海漁協による協議や測量の動きがあっているけれど、現場の漁業者や地権者には何の相談もないこと、公害防止協定は県と漁業者が締結したものだから、県が勝手に受け入れ容認をしたのは許せない、ということ、漁協が現場の漁業者にはからずに受け入れ判断の「3要件」を提案したのも筋違いであることを指摘し、「自分は何があっても土地は売らない」と力強く明言されたことには、拍手が湧きました。

 なお、これらの点については漁協の組合長に対して、内容証明付きの郵便で4日までの回答を求める申入書を3月28日に送付したとのこと。漁協の回答が注目されます。

 この後も、東与賀の漁業者、南川副の地権者の方、主婦の方などから、子や孫に安心して宝の海や空、地域を手渡したいという思いが語られました。

 また、佐賀空港建設時に公害防止協定を佐賀県と締結した柳川市からも新谷進次郎議員や9条の会の方が地域での取り組みや決意を語ってくださいました。

 集会の最後に「オスプレイくるな」のプラカードを示してのシュプレヒコールをあげて心一つにしました。
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#佐賀空港への自衛隊配備
#オスプレイくるな
#地域住民の会
#県民大会
#たたかう主権者

【幸せの黄色いニュース4月号】

 議会報告の幸せの黄色いニュース4月号ができました。

 3月号で議案についての報告をしていたので、今回は一般質問の特集です。

 またもや字だらけになりまして、用意していた写真は使えませんでした。

 一般質問の詳しい内容は、議会のホームページから動画をご覧いただけますので、ぜひ、どうぞ。

http://vod.bunbun.ne.jp/gikai/vod/shigikai/202202/031002

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#幸せの黄色いニュース
#2022年4月号
#市民共同
#山下明子

【みないろ会 オンラインで台本チェック会】

 前回、途中までしかできなかった音声ガイドの脚本チェックを、今日はオンラインでやってみました。

 zoomで映画を流しながら、担当の方が作った音声ガイドをそれぞれ読み上げて、みんなでチェック、という作業をオンラインでもやれるもんですね!

 でも、やっぱり予定の時間内では済ませることができず、あと1回かけて最後の4分の1にトライします。
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#みないろ会
#バリアフリー映画
#音声ガイド
#zoomで挑戦

【父の見舞い】

 コロナに打ち勝って、生命力の強さを見せてくれた父ですが、この数日、容態が思わしくないとのことで、病院から「直接お見舞いしてもらった方がいい」と言われ、今日、父に会ってきました。

 酸素マスクをつけて、うつらうつらしているようでしたが、時折目を開けたところで、私が顔を近づけながら「明子だよ!お父さん、わかる?やっと会えたね〜!」というと、「おお!」と嬉しそうな顔をしてくれました。

 この同じやりとりを何回も繰り返しながら、面会時間の30分いっぱいを過ごしました。

 また今度来るからね!と思いを残しつつ…。

 100歳まであと4年、持ち堪えておくれよ、虎さん!
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#家族の肖像
#父のこと