【阪神・淡路大震災から25年】

 阪神・淡路大震災から25年の1月17日。

 25年前の朝、寝ぼけ眼でテレビをつけたら、瓦礫と火災の街の様子が映り、「どこの国のこと?」と見入っているうちに神戸のことだとわかり凍りついてしまいました。


 関西の親戚や友人たちのことが気がかりで、夕方まで連絡をつけようとしていたこと、同時に定例の朝宣伝の日だったので、手作りでポスターを作って街頭募金を呼びかけたこと、またそれから10日近く、毎日昼休に玉屋前に立って救援募金を訴え、その日集まった分を郵便局から日赤かどこかに送っていたことを思い出します。


 父は、近所のスーパーや周りの方達に救援物資を寄せてもらい、友人の軽運送業者の方と一緒に軽トラで現地に運び、業者団体仲間の皆さんを激励していました。


 その後、地域防災やボランティアのことが重要視されるようになっていきました。


 議会では、佐賀市の防災訓練が行われていなかったので、私は1月17日のメモリアルデーに防災訓練を行うことを提起し、翌年から1月17日に佐賀市の総合防災訓練が行われるようになりました。


 その後、地域の方達が参加しやすいように時期や曜日も変わっていきましたが、その精神は今も生きていて、今年は2月1日に行われます。


 阪神大震災以来、毎日深夜にわたって情報が発信されるNHKラジオにハマり、その後始まった「ラジオ深夜便」のおかげで、私は「テレビを見なくてもラジオのない日はない」というくらいにラジオが身近になったのも、これがきっかけでした。


 その後、東日本大震災、熊本地震、各地の台風、豪雨、豪雪などの大災害が起きるようになり、日本は災害列島だと思い知らされる日々です。


 あらためて1995年1月17日を心に刻み、日々の暮らしを見直していきたいと思います。
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