職場支部の学習交流会
きょうは3月最後の日曜日、おひなまつりもラストスパートだというのに、あいにくの雨模様で花冷えでもありました。
そういう日ではありますが、午前中に、共
産党の職場支部の学習交流会に参加しました。中央委員会職場対策委員会の藤田宏さんを講師にしての学習会で、(1)今の情勢をどう見るのか、(2)どの職場でも新自由主義的な構造改革の害悪が広がっているもとで、働くルールの確立と非正規労働者の組織化をどうはかるか、(3)日本共産党の職場支部の役割と課題とは、などのテーマで話していただきました。
いろいろ勉強になったのですが、とくに印象に残ったことをいくつかご紹介します。
第一に、同じ資本主義の国でも、ヨーロッパの国々と比べると日本では大企業の横暴勝手が野放しにされていて、国民の暮らしや権利を支える手だてや仕組みが貧弱であり、これが日本経済の最大の弱点であり、欠陥であるということ。
たとえば、日本では長時間・過密労働が問題になっています。日本の労働者が年間2100時間はたらいているのにくらべ、ヨーロッパでは約1600時間であり、およそ2か月分くらいの差があります。
しかも、各職場での配置要員でみると日本では稼動率が98%くらいで、ぎりぎりの要員であるため、有給休暇などが取りにくい実態にあります。そんな中でトヨタなどでは、とにかく有給休暇をとれ、とすすめるそうですが6人チームのうち1人が休んで5人で乗り切ったとします。すると、「5人でやれたんだから」と、翌年にはそのラインは5人体制に絞られるのだそうです。
それに比べて、ドイツなどでは、必ず誰かが休むことを想定した人員配置になっているとのこと。
もともと、標準作業の決定方法には(1)数値目標で決めるやり方、(2)作業手順で決めるやり方、(3)作業する上での人間的なものの考え方をきちんとする哲学的基準~(たとえば、汗がでたら休んで汗を拭く、などの時間が考慮されているかどうかということだそうです)の3つのやリ方があるそうですが、日本の企業には(3)の哲学的基準が欠落しているのだそうです。
具体的には、たとえばトヨタの生産ラインでは、汗がでたらタオルで汗をぬぐう、という時間が省かれていて、みんなリストバンドをはめて、作業しながらそれで額の汗をぬぐう、というくらいに徹底しているのだそうです。
結局、大企業中心主義が、日本経済の基盤を弱くしているということです。
第二に、「働くルール」は、闘いとらなくては本当には勝ちとれない、ということ。 日本の民主的な諸権利が、ほとんど戦後の「上からの改革」で実行されたために、国民がそれを自分のものとして消化するには、一定の時間が必要だった、という問題提起でした。
これは、不破哲三氏が「新・日本共産党綱領を読む」の中で指摘しているのだそうですが、労働組合運動の分野では労働者の団結権は1945年の10月にいちはやく提唱され、1946年に労働組合法が施行されますが、アメリカの占領政策が反動的に転換するにつれ、占領軍が労働組合を弱体化させるように働きかけるなど、その影響が半世紀以上たった今も残っているのだそうです。
いっぽうで労働条件のほうは簡単に進まず、労働基準法が1947年にできて「8時間労働」とうたっても、実態を変えるにはいたらなかったのです。12時間労働のうち、8時間を「時間内労働」、4時間を「時間外労働」として、割増賃金を払いながら長時間労働を強いる、というやり方は変わっていない、ということです。いくら法律で決めても、実生活を支配するルールになっていないというのが、世界の資本主義国にはありえない、日本の弱点だそうです。
ここで、フランスとの違いが示されました。フランスでは人民戦線政府が1930年代にできましたが、8時間労働制は人民戦線政府が「上から」決めたのではなく、労働者がゼネストなどの大運動をして勝ちとったのだそうです。
有給休暇も、労働者がまとまって休むための休暇としてたたかいとったものですから、日本のように病気欠勤の代用に小刻みに使うとか、休暇を使い残すなどのことはありえないそうです。
つまり、フランスでは法律で決めたら、それは建前でなく、実際の労働者の生活の中で生かされるルールになる、ということです。
このあたりは、なるほどと思いました。
よく、医療や年金の問題で、なんで日本ではみんな国民がおとなしいのか、ヨーロッパではデモやストライキがしょっちゅう起きているのに・・・・という話が出てきますが、まさに、ひとつひとつの権利は「たたかって勝ちとったもの」という伝統があるからこそ、その権利を勝ちとるためのたたかいについても国民同士の連帯がはたらくのでしょう。日本にかけているのは、まさにこの部分だと思います。それは、いまの日本国憲法の価値をどうみるか、ということとも通じていると思います。
第三に、日本共産党は公務労働者をどう見るか、という問題です。
これは、いま「公務員バッシング」がまかり通っているだけに、大事な問題です。
日本共産党は1970年代に「民主的自治体労働者論」というものを提起しています。そのポイントはこうです。
(1)自治体労働者は、労働者であると同時に、全体の奉仕者である、という両面をもっている。
(2)全体の奉仕者としての役割は、第一に自民党政治のもとで大企業奉仕の行政が行なわれていくことに反対し、住民運動や民主的な運動と連帯すること、第二に、日常の業務の中でも住民奉仕の立場をつらぬくこと。
(3)公務労働者は一般の民間労働者と置かれている状況が違う。資本側と労働側という関係ではなく、その賃金は住民の納める税金であることから、賃金水準は住民の理解を得られるものとすべきである。
(4)人員配置や予算の使い方についても、住民福祉に直結する部分と、大企業奉仕につながる部分とは区別し、必要なものは条例化するが、問題あるものは思い切って改めることを自ら提起する。もちろん不正支出や裏金づくりなどはもってのほかである。
30年前の提起が、いまもしっかり生かされる内容だというのをあらためて認識しました。私は、学校給食の民間委託や職員の嘱託化、派遣などの非正規雇用化、市営住宅などの指定管理者制度導入などの動きに対して、これまでも、この「民主的自治体労働者論」をふまえて対応してきたつもりですが、この考え方なら、多くの市民のみなさんにも納得してもらえるのではないでしょうか。
こんなことを学びつつ、忙しい年度末の午前中を過ごしました。
そういう日ではありますが、午前中に、共
いろいろ勉強になったのですが、とくに印象に残ったことをいくつかご紹介します。
第一に、同じ資本主義の国でも、ヨーロッパの国々と比べると日本では大企業の横暴勝手が野放しにされていて、国民の暮らしや権利を支える手だてや仕組みが貧弱であり、これが日本経済の最大の弱点であり、欠陥であるということ。
たとえば、日本では長時間・過密労働が問題になっています。日本の労働者が年間2100時間はたらいているのにくらべ、ヨーロッパでは約1600時間であり、およそ2か月分くらいの差があります。
しかも、各職場での配置要員でみると日本では稼動率が98%くらいで、ぎりぎりの要員であるため、有給休暇などが取りにくい実態にあります。そんな中でトヨタなどでは、とにかく有給休暇をとれ、とすすめるそうですが6人チームのうち1人が休んで5人で乗り切ったとします。すると、「5人でやれたんだから」と、翌年にはそのラインは5人体制に絞られるのだそうです。
それに比べて、ドイツなどでは、必ず誰かが休むことを想定した人員配置になっているとのこと。
もともと、標準作業の決定方法には(1)数値目標で決めるやり方、(2)作業手順で決めるやり方、(3)作業する上での人間的なものの考え方をきちんとする哲学的基準~(たとえば、汗がでたら休んで汗を拭く、などの時間が考慮されているかどうかということだそうです)の3つのやリ方があるそうですが、日本の企業には(3)の哲学的基準が欠落しているのだそうです。
具体的には、たとえばトヨタの生産ラインでは、汗がでたらタオルで汗をぬぐう、という時間が省かれていて、みんなリストバンドをはめて、作業しながらそれで額の汗をぬぐう、というくらいに徹底しているのだそうです。
結局、大企業中心主義が、日本経済の基盤を弱くしているということです。
第二に、「働くルール」は、闘いとらなくては本当には勝ちとれない、ということ。 日本の民主的な諸権利が、ほとんど戦後の「上からの改革」で実行されたために、国民がそれを自分のものとして消化するには、一定の時間が必要だった、という問題提起でした。
これは、不破哲三氏が「新・日本共産党綱領を読む」の中で指摘しているのだそうですが、労働組合運動の分野では労働者の団結権は1945年の10月にいちはやく提唱され、1946年に労働組合法が施行されますが、アメリカの占領政策が反動的に転換するにつれ、占領軍が労働組合を弱体化させるように働きかけるなど、その影響が半世紀以上たった今も残っているのだそうです。
いっぽうで労働条件のほうは簡単に進まず、労働基準法が1947年にできて「8時間労働」とうたっても、実態を変えるにはいたらなかったのです。12時間労働のうち、8時間を「時間内労働」、4時間を「時間外労働」として、割増賃金を払いながら長時間労働を強いる、というやり方は変わっていない、ということです。いくら法律で決めても、実生活を支配するルールになっていないというのが、世界の資本主義国にはありえない、日本の弱点だそうです。
ここで、フランスとの違いが示されました。フランスでは人民戦線政府が1930年代にできましたが、8時間労働制は人民戦線政府が「上から」決めたのではなく、労働者がゼネストなどの大運動をして勝ちとったのだそうです。
有給休暇も、労働者がまとまって休むための休暇としてたたかいとったものですから、日本のように病気欠勤の代用に小刻みに使うとか、休暇を使い残すなどのことはありえないそうです。
つまり、フランスでは法律で決めたら、それは建前でなく、実際の労働者の生活の中で生かされるルールになる、ということです。
このあたりは、なるほどと思いました。
よく、医療や年金の問題で、なんで日本ではみんな国民がおとなしいのか、ヨーロッパではデモやストライキがしょっちゅう起きているのに・・・・という話が出てきますが、まさに、ひとつひとつの権利は「たたかって勝ちとったもの」という伝統があるからこそ、その権利を勝ちとるためのたたかいについても国民同士の連帯がはたらくのでしょう。日本にかけているのは、まさにこの部分だと思います。それは、いまの日本国憲法の価値をどうみるか、ということとも通じていると思います。
第三に、日本共産党は公務労働者をどう見るか、という問題です。
これは、いま「公務員バッシング」がまかり通っているだけに、大事な問題です。
日本共産党は1970年代に「民主的自治体労働者論」というものを提起しています。そのポイントはこうです。
(1)自治体労働者は、労働者であると同時に、全体の奉仕者である、という両面をもっている。
(2)全体の奉仕者としての役割は、第一に自民党政治のもとで大企業奉仕の行政が行なわれていくことに反対し、住民運動や民主的な運動と連帯すること、第二に、日常の業務の中でも住民奉仕の立場をつらぬくこと。
(3)公務労働者は一般の民間労働者と置かれている状況が違う。資本側と労働側という関係ではなく、その賃金は住民の納める税金であることから、賃金水準は住民の理解を得られるものとすべきである。
(4)人員配置や予算の使い方についても、住民福祉に直結する部分と、大企業奉仕につながる部分とは区別し、必要なものは条例化するが、問題あるものは思い切って改めることを自ら提起する。もちろん不正支出や裏金づくりなどはもってのほかである。
30年前の提起が、いまもしっかり生かされる内容だというのをあらためて認識しました。私は、学校給食の民間委託や職員の嘱託化、派遣などの非正規雇用化、市営住宅などの指定管理者制度導入などの動きに対して、これまでも、この「民主的自治体労働者論」をふまえて対応してきたつもりですが、この考え方なら、多くの市民のみなさんにも納得してもらえるのではないでしょうか。
こんなことを学びつつ、忙しい年度末の午前中を過ごしました。
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