【誕生日女子会@市役所地下食堂かささぎ】

 今日はSNSでたくさんの誕生日メッセージをお寄せいただき、ありがとうございます!

何と幸せ者かと噛み締めております。

 皆さまへのお返事は、おいおい書かせていただきます。


 さて、ここ2、3年、同じ誕生日のお友達と市役所ランチをしております。
 今年もテーブルを予約していただいて、29日生まれと30日生まれの4名で誕生日ランチ会と相成りました。(コロナ対策でテーブルが離れているので、写真の枠に収まりきれないのですが…)


 いつもの市役所地下食堂でも、そこを「予約して」というのがミソです。で、いただくものは、やっぱりいつものサンキュー定食なわけですが…(笑)


 何となくお菓子の詰め合わせやコーヒーなどを持ち寄って、ちょっとおしゃべりをして、限られた時間での交流を楽しみました。
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#誕生日ランチ
#市役所地下食堂かささぎ
#誕生日の近い仲間と

【61歳の誕生日】

 今日は61歳の誕生日です。

 1960年6月29日水曜日、午前5時15分、佐賀市の社会保険病院にて誕生しました。

 当時、国中が日米安保条約反対の世論で燃え上がり、小さな子どもでさえ「アンポ、ハンタイ」といいながら近所を行進して歩くような状況だったと聞きます。父は、繰り返し行われていた国会周辺のデモ行進に参加するため、佐賀から多くの仲間と上京して佐賀にいない間に私は産まれたそうです。

 母はその年のメーデーの行進に大きなお腹を抱えて参加したのがたたったのか、妊娠腎を患ってしまったそうです。そんなこんなで、私は未熟児として生まれチアノーゼになっていたために、社会保険病院の看護師さんで同じ血液型の方から輸血を受けて命をつなぐことができました。今では、そんなに小さく生まれたなんて想像もつかない大きさになってしまいましたが…(笑)

 母から毎年話して聞かされてきたのは、私が生まれた朝、夜明けの風がとても気持ち良かったのが印象的で、騒然としていた世の中の動きと相まって、平和で命や暮らしが大事にされる世の中を築いていけるように「日本の夜明け」という想いを込めて「明子」と名付けられたのだということ。

 誕生日がめぐってくるたびに、そのことを胸に思い起こして、初心にかえり、新たな歩みを続けたいと思います。

 61年という歳月にわたって、私を産み育ててくれた母や父、私に関わってくださったすべての皆さまに感謝を捧げつつ、日本の夜明けを皆さまとご一緒にひらきたい、と願っています。

 写真は、数年前にも載せたことのある5歳の頃の私と、大学のサークル後輩さんが昨年送ってくれた誕生日当日の朝日新聞の誌面の一部です。

#誕生日
#61歳
#新たな一歩

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