【応急手当て普及員の認定取得〜2019年の振り返り②】

 昨年、佐賀市の北部地域の水害救援ボランティアに行ったのを機に地域防災リーダー研修を受け、防災士の資格を取得したのに続いて、今年は8月の佐賀豪雨水害の際に佐賀市が初めて立ち上げた災害ボランティアセンターの運営に県防災士会の一員として関わらせていただいたのがきっかけで、防災士会のさまざまな研修を受ける機会も増えました。


 その中で、11月14日の日本防災士会九州ブロックの研修会(災害時のトイレ問題、災害と障害者の課題)に参加したのに続いて、11月19日から21日までの3日間で応急手当普及員講習会に参加し、普及員の認定資格を取得することができました。
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 昨年は防災士資格試験のために普通救命講習を受ける立場だったのですが、今回はその普通救命講習の講師として活動する普及員を養成するというものだったので、1日目は講習を改めて受けつつ、2日目からは「どうやって教えるか」ということに主眼を置いた講習にシフトしました。


 福祉施設や消防団などいろんな方が参加されているのですが、グループ分けしたところ、2日目以降はたまたま防災士会のメンバーが集中する班となり、和気藹々としつつも防災士会の西会長のハイレベルな知識を目のあたりにしながら、心肺蘇生やAEDの操作方法などを繰り返し体験しました。


 座学では医学的な基礎知識の部分もあり、つい医療ドラマ(「ドクターX」とか「Doctor〜最強の名医」)に出てくる用語を思い起こしたりして興味津々で受講しました。


 3日目はグループワークの後に実技試験とペーパーテストがあったのですが、基本的に「指摘型」ではなく「ほめて育てる型」の講座にして応急手当ての講座をより多くの人が気軽に受けてもらえるようにする工夫などが強調されました。これはほかの分野にも役に立つものだと思います。
 実技試験は心肺蘇生の実技を習う役と教える役に分かれて行うのですが、その教え方、指摘の仕方も審査の対象となるということで、みんなドキドキしながら臨みました。
 


 3日間、濃密に学びあった仲間同士で、試験の結果、無事に全員合格することができました。


 せっかく学んだことを忘れぬうちに、地域や職場、グループで気軽に応急手当講習を開いていこうと誓い合ったことでした。
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#応急手当普及員養成講座
#普通救命講習
#心肺蘇生
#AEDの操作
#佐賀県防災士会
#救命講習を気軽に受けてみませんか

【父のグループホーム入所〜2019年の振り返り①】

 11月、12月にかけて、Facebookが止まりがちになっていまして、重要なことほど書き漏らすという悪い癖が出ておりましたので、年越しの前にご報告をば。


 実は、12月7日に父がグループホームに入所しました。
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 というのも、8月のお盆直前に心臓に水が溜まって入院し、10月上旬に退院したものの、10日後に佐大病院で検査したときにまた神野診療所に入院することになったわけですが、その時に「今回はすぐに状態が回復したけれど、自宅に戻ったらまた食事や服薬がきちんとできなくなって入退院を繰り返すことになりますよ。そこさえきちんと管理できればいいのだから、見守りできる環境をそろそろ考えた方がいいですよ」とDr.に言われたのです。


 それからひと月ほど曖昧にしていたのですが、忘れもしない11月10日、オスプレイ 反対の集会の後、診療所に見舞いに行ったところ、当直のナースから「あなたが思っている以上にお父さんの身体はシビアなのだから、真剣に施設を探してください」と言われたのです。


 そこであくる月曜日、朝から佐賀中部広域連合のホームページから「介護施設一覧」を眺め、あちこちの施設のサイトを見ていく中で、距離的に一番近いグループホームを見つけました。それが中の小路紀水苑です。


 何しろ、今の大財に転居する前は中の小路に35年以上住んでいた父ですから、馴染みのある場所だし、周りの方も父をよく知ってくださっているので、万一、迷ったとしても声をかけてくれる方もおられるだろうし、私にとっても自宅から道を一本隔てただけという近さなので立ち寄りやすいというメリットがあります。


 さっそく連絡したところ、幸いにも空きがあるということでその日のうちに見学に行きました。
 元の迎産婦人科の建物をそのまま使っておられるので、新しくはないのですが、それが自然でいいと思いましたし、グループホームですから少人数で目が行き届くという良さもあります。


 他にも紹介してもらったところがあるのですが、郊外の離れた場所で、父も「中の小路のほうがいい」というのでほぼ即決しました。そこからいろいろ施設と本人、診療所との面談や調整をしていただき、入所させていただけることになり、12月7日に入所したのです。


 とはいえ、見た目は元気な父なので「なぜこの人がグループホームに?」と思われるかもしれませんし、父自身が「なぜオレが?」という思いを拭えない状態にあります。それは今でも続いています。


 ですが、水分や塩分の量、尿の量、不整脈もあるため脈拍も含めていろいろ気遣いが必要な父のケアを私が母も含めて行うのは自信がなく、気の毒な気はしましたが、入所してもらうことにしました。

 中の小路紀水苑は「紀水苑」グループのフランチャイズ契約施設ではありますが、株式会社アクセプトライフという全く地元の方が経営されている施設です。
 施設の代表ご自身が車椅子の障がいを持つ方なので、介護される人と家族の安心のためにどうしたらいいかをよく考えてくださっていると感じました。施設長である奥さんはじめ、スタッフの方たちがとても温かく、ここなら安心、と思えました。


 父が入所したのが7日の土曜日で、翌日8日の日曜日は朝から母を紀水苑に連れて行き、1日を一緒に過ごすと、母もすっかり馴染んでいました。実はここでは「銀子堂」という親子食堂も運営されていて、小学生以下は手伝いも含めて1食100円、70歳以上は300円ということで食事ができるのだそうです。(70歳以下も食べていいのです)母は入所者の家族ということで、居場所としてゆったりと過ごさせてくださるのです。これが私にはとても助かることでした。


 また、地域交流ということで毎月第2土曜日の「勧興まちの駅」の時もホームから参加させていただくということで、12月24日のまちの駅で久しぶりに父の顔を見たという友人の方たちにも声をかけてもらいました。


 12月22日にはクリスマス会があり、三瀬村のレストランハーブから出張でフレンチのお料理を出していただき、飛び入りで歌のミニライブやプレゼントを頂いたり、と、楽しいひと時を過ごすことができました。


 そんなこんなで、このひと月半は父のグループホーム入所という、ちょっと我が家にとっては大きな変化が訪れていたのでした。


 大晦日の今日も、母は朝から夕方まで紀水苑で過ごし、お正月の明日は3ヶ月ぶりに父を自宅に連れてくることにしています。

#家族の肖像
#いやはや介護日記
#父の入所
#中の小路紀水苑
#まちなかのグループホーム
#住み慣れた地域で暮らしたい

【私の頭にもお正月がやってくる】

 一昨日、母を美容室に連れて行って、髪をスッキリしていただいたのに続いて、今日は私も美容室に行きました。


 私は高校時代からの行きつけの美容室で、独立され、白山アーケードにお店をもたれ、さらに嘉瀬町に店舗を設けられてもずっと通い続けています。しかも、いつの頃からか、大晦日にお世話になるというあつかましい事が「ならわし」になっていまして「山下さんが大トリを務めないと年が越せない」と言ってくださるのに乗っかっています。


 昔は美容室は初詣のお客さんがおられたりして、大晦日の夜遅くまで開いていたものですが、近年はそういうこともあまりなく、年末年始はお休みというところもあるというのに、ありがたいことです。


 いつもはここでスッキリとショートにしていたのですが、昨年の夏からヘアドネーション(医療用かつらへの提供)をめざして、髪を伸ばし続けているので、昨年末に続いて今年もカットは揃える程度にして、1年ぶりにゆるくパーマをかけていただきました。


 ということで、私の頭にもお正月がやってきました。


 最後に「美容室メリーゴーランド」の小川夫妻とスリーショットを撮っていただいてから気付いたのですが、昨年も同じ服を着ていたのですよね。何だか定点観測になりそうです。(2枚目の写真は去年です)
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#私の頭にもお正月がやってきた
#めざせヘアドネーション
#美容室メリーゴーランド

【長崎の折り鶴と佐賀の重要無形文化財・名尾手すき和紙が結ぶ平和の絆】

 早くも今日は大晦日。

 戦の絶えない世界を平和にするためには、武器による脅しではなくお互いの理解と尊重こそ大事、と来日したフランシスコ教皇が語ったことが、今年を振り返るメディアでも取り上げられていました。


 そして今日の西日本新聞1面ににちょっと嬉しい記事が。
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 佐賀県重要無形文化財である名尾手すき和紙の7代目・谷口弦さんが、長崎の原爆資料館に全国から届けられた千羽鶴を手すき和紙に加工して再生するというニュースです。


 原爆資料館には年間750キロもの千羽鶴がおくられ、1年ほどは展示されるそうですが、その後の保管などに苦慮しているとのことで、谷口さんはポストカードの制作に乗り出しておられるとのこと。


 佐賀市大和町名尾地区からも原爆のキノコ雲が見えた、と亡くなった祖父から聞かされてきた谷口さんにとって、無関心ではいられない、とのことで、「いずれは平和祈念式典の招待状にも使われれば」と語っておられます。


 300年以上続く名尾手すき和紙は今、谷口さん1人が受け継いでおられます。その和紙を使って佐賀市の功労賞の賞状や卒業証書が作られたりもしていますが、貴重な伝統工芸が長崎と佐賀を結ぶ平和のメッセージになるというのは、とても嬉しいことです。


 毎年8月に開かれている佐賀市平和展でも、なんらかの活かし方ができればいいと思います。

 歳の終わりに平和につながるいいニュースをいただきました。
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#名尾手すき和紙
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