【故・大草秀幸さんのご葬儀 歌でお見送り】

先日、突然亡くなられた大草秀幸さんのご葬儀が今日11時から執り行われ、多くの方々が参列されました。


佐賀新聞記者、旧相知町長、アバンセ館長、戦争をさせない佐賀県1000人委員会や市民連合さがの代表などを務めてこられた大草さんのご経歴と幅広いネットワークの表れとして、ご弔辞を述べた方々も多彩な顔ぶれでした。
画像


原口一博衆議院議員、大串博志衆議院議員、唐津市長(副市長代読) 、佐賀新聞社友会、日本大学校友会、唐津東高校10期生、40年来の三夜待ち仲間、相知町長時代に大草さんが作曲されたという町の歌の献歌などを通じて、大草さんのご功績やお人柄が浮き彫りにされました。


72歳という、まだまだやりたいことが山積みであったろう時期に、突然私たちの前から姿を消してしまわれた大草さん、棺のお姿を見てもなお信じられない、という声が上がっていました。


最後のお見送りの時に、合唱団の仲間と一緒に「歌うように語れたら」「花は咲く」を歌って お別れしました。


実は閉式前に「故人の好きだった曲を献奏します」といって流れた曲が沢田研二の「勝手にしやがれ」だったので、賑やかでいつも笑顔だった大草さんもきっと一緒に歌っておいでに違いないから、と、合唱団のメンバーが「花は咲く」「歌うように語れたら」の楽譜と歌詞カードを棺に一緒に納めました。
画像


大草秀幸さん、本当にありがとうございました。
画像

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック