阪神大震災から24年

阪神大震災から24年目。画像


もう四半世紀も前になるのかと思う一方で、未だに公営復興住宅のあり方で真の被災者支援が行われていない実態が浮かび上がるなど、傷は癒えていないという事を思い知らされます。


当時は朝のニュースで阪神高速道路が倒壊した映像を見て、映画の一場面かと思ったほどでしたが、その日のうちから玉屋前での街頭募金に取り組んで毎日被災地に送り続ける活動をしました。


また、議会としても全議員で街頭に立って募金を訴えたことも当時の「黄色いニュース」に載せています。


さらに、当時佐賀県商工団体連合会の会長を画像務めていた父が、宅配業の民商会員さんと一緒に兵庫県連に支援物資を運び、各地域に搬送していったルポを載せていました。


水防中心だった防災訓練に地震対策を加えるように提案をしたのが実を結び、佐賀市の総合防災訓練も翌年の1月17日から行われるようになりました。その様子も継続して報じています。


合併後は、富士町で1月17日に行ってやはり厳しいということになり、現在の秋季に実施時期が変更となりましたが、阪神大震災、東日本大震災、熊本地震を経て、佐賀市の地震に対する評価と位置づけも高まっています。


こうした節目をとらえて、身の回りの防災対策、災害対策を確認していく機会にしたいですね。


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