【タイムワープして歌った!踊った!語った!@立命館大学合唱団若者若手OB会】

私が青春時代を過ごした京都の一番の人間形成の場は、立命館大学合唱団「若者」でした。


1980年に入団した頃は三桁を誇っていた団員数も、やがて若画像者の組織離れなどの流れの中でだんだん減少し、90年頃に解散となってしまいました。


1970年代に「オンチコーラス」として3名から始まったのが、三桁のピークをへて、最後は4名だったとのこと。


大学の同窓会誌にサークルOB会のことが掲載されていますが、そこに残念ながらわが合唱団若者のことは載っていないので淋しい思いをしていました。しかし、若者のOB会は元気でして、OB合唱団も活躍中です。


そんな合唱団の同窓会が数年に一度開かれているのですが、全学年が集まると歌の傾向なども世代間ギャップがあるし、多人数すぎると顔見知りが少ない、などのこともあり、3年前に有志の皆さんによって1976年以降の合唱団若者と、一緒に活動していた光華女子大のうたごえサークルつくし、京都女子大うたごえサークルありんこの入団者を対象として「若手OB会」が開かれました。


今回は、その2回目です。


久しぶりに参加するメンバーもいるとのことだったので、4画像月に開かれた全学年の同窓会に続いて、この日を楽しみにしていました。


いざ始まってみると、卒団以来久しぶりという方と会えたり、Facebookでは見ていても、リアルに会うのは久しぶりという方もあり、話し始めたら止まらない!


といいつつも、合唱団ですから歌わねば、と、実行委員会のみなさんが前もって出欠カードでリクエストを募っていたのをもとに歌集を作り、プログラムも作ってくださっていました。


初っ端から「道」という合唱曲を私たちが入団した時期のコンダクター・ドボンさんの指揮による有志メンバーで演奏、というところから始まりました。
私も歌いたかった反面、客席で聴いていたい気分だったので、同期の仲間たちと客席から一緒に歌いました。


そこからの怒涛のような歌う会。


休憩をはさみながら、全部で37曲ほど歌い交わしました。画像


しかも、これは歌うだけでなくダンスの振り付けのある曲もあり、伝説のダンサー・セミ丸師匠を先頭に息が切れるまで踊りまくるという場面もありました。


また、昨年12月に亡くなられた月山くんを偲んで「ヒロシマの有る国で」を歌ったり、若者の名曲スタンダードの1つ「平和に生きる権利」(私の入団のきっかけになった曲でもある)を全員合唱する場面もありました。全員合唱の時は、ホテルの従業員の方3名ほどが聴衆という、もったいないシチュエーションではありましたが、これまた伝説のコンダクター・ほんだしさんの渾身の指揮で、みんな存分に歌い上げました。


やはり世代が近いと、知画像っている曲も共通しているし、歌ったり踊ったりの幅が同じだと盛り上がり方も違うと改めて思いました。みなさん、一気に数十年前にタイムワープした感じで、踊り出したら勝手に身体が動くという「刷り込み状態」も実感しました。



私も歌う会の中でリクエスター(歌のリード役)を一部仰せつかりまして、ひさびさに歌詞のリードをさせて頂きましたが、アンサンブル(伴奏)のみなさんのノリのいい演奏と、何より参加者のみなさんの熱い歌声にのせられて、気持ちよく務めることができました。


また、思い出の定期演奏会や卒団コンサートのパンフレットなど画像をもって来てくださる方もあり、懐かしさでいっぱいになると同時に、当時のプロフィールや言葉などを読み返すと、気恥ずかしさも湧いて「ようこんなこと書いたよね」という気分にもなりました。


一次会では歌メインだった分、二次会では大いに語り合うこともできました。が、いかんせん、日帰りの身で、後ろ髪を引かれる思いで途中で引き上げました。


ともあれ、卒団して30年以上経つ人々ですから「若手」と言っても40代以上です。人生のいろいろなものを背負いながら、それぞれに頑張って生きているんだな、というのが伝わってきて、とても励まされました。


この楽しい集いを計画し、準備してくださったみなさんや、各地から集ってくださったみなさんに、心から感謝と愛を捧げます。


今回参加できなかった方達も、次回にはぜひおいで頂きたいし、確実に還暦以上が増えそうな勢いですが、心はいつも若者ということで、若者になれる場をまた作っていただけることを期待しています。

#おいでやす京都
#立命館大学
#合唱団若者
#光華女子大学うたごえサークルつくし
#京都女子大学うたごえサークルありんこ
#若手OB会
#心はいつも若者

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック