「はだしのゲン」閲覧制限問題と「図書館の自由に関する宣言」

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松江市教育委員会が、過激な描写が子どもの発達上好ましくない部分があることを理由に、市内の小中学校に対して、漫画「はだしのゲン」を自由に閲覧できないように閉架図書扱いとするよう要請していたことが、大問題になっています。
8月9日にNHKのニュース番組で「世界に共感を広げているはだしのゲン」と評価する特集が組まれた直後に、こうした事態が明るみに出たので、正直、面食らいました。

その後のニュースによると、松江市では市内の小中学校のほとんどが、この要請を受けて、閲覧制限をかけていたことも報じられています。

しかも、文部科学大臣まで「自治体が決めることであり、内容に過激な描写があるからという判断は問題ない」と松江市教委の対応を容認しています。

さらに、これに関連して鳥取市立図書館では数年前から児童書のコーナーから事務室に移して、子どもが自由に手に取れないようにしていたことが明らかになりました。
これなどは、松江市に拍車をかける深刻な問題だと思います。

私は、さまざまな本や映像などが、発達段階に応じて及ぼす影響を考慮すべきだということは、もっともだと思います。
しかし、真実を見据える姿勢を培うことも、教育のうえで大切なことです。
私も中沢啓治さんの漫画を見ていましたが、それこそ「はだしのゲン」より前の大人向けの作品で「黒い雨にうたれて」という作品集でした。
広島を舞台にしていて、暴力団やヤクザも出てくるし、身体を売って生活をしなくてはならない貧しい生活を強いられている女性も描かれていました。
その背景に、広島のピカドンが描かれていて、身体中にガラスが刺さって、歩く度にジャリジャリと音がしたとか、身体が風船のように膨れた人たちが、水を求めて飛び込んだ元安川に浮かんでいた…などの描写は忘れられませんでした。

しかし、それがピカドンの下で起きていた現実であり、広島の真実だからこそ、中沢さんは「はだしのゲン」をはじめとする子ども向けの作品にも、ずっと描き続けたはずです。

そこから目を背けるわけにはいきません。
広島の原爆資料館の被爆後の街をさまようマネキンを「むごいから」と撤去する動きにも共通したものを感じます。
中学校の修学旅行で広島の原爆資料館に行ったときにみたマネキンの衝撃は、確かに大きかったし、その夜は食事も喉を通らないとか、夢にも出てくる…という感じだったのを覚えています。

でも、それがピカドンの真実なのです。当時、幼かった人たちの瞳に、その現実が刻まれていたことを考えれば、しっかり見据えることを通じて、「二度とピカドンを繰り返してはならない」という思いを、感性に訴えることで伝える意義が、やはりあるのだと思います。

話は少しずれますが、いわさきちひろが挿絵を書いた「私がちいさかったときに」という本があります。
たしか、そのなかに、ピカドンの時のことを語った部分があって、焼け焦げた鍋に南瓜がこびりついていた、とか、死にそうな子どもが「トマトが食べたい」と言い残していった…というくだりがあったのです。

そのくだりが、私にとってはとても恐ろしく、しばらくは「原爆の話はイヤ」と言っていた時期があったようです。

母は無理強いすることはありませんでしたが、またいつの頃からかピカドンの話に目を向けるようになりました。
そのきっかけとなったのは、学校の図書館で借りた本でした。

そういうことを振り返ると、やはり学校図書館に、きちんと資料が揃っていることはとても大事です。

平成8年8月8日に、待ちに待った佐賀市立図書館が開館されたときに、入り口正面のロビーに、「図書館の自由に関する宣言」というパネルが掲げられました。
これは、日本図書館協議会の綱領的な宣言で、戦前・戦中に検閲や発行禁止などにより図書館の役割が奪われていった反省に立って、あらゆる情報を提供し、検閲を許さないこと、借り手の秘密を守ることなど、憲法の思想・良心の自由、表現の自由、知る権利を実践する立場から書かれたものです。

これに照らせば、松江市教委や鳥取市立図書館の対応が、図書館の使命から逸脱していることがわかります。

佐賀市立図書館の初代館長だった千葉治さんは「図書館は本のある森。右翼の本はけしからんとか、左翼の本は片寄っている、などと排除するのでなく、どちらも置いて、誰でも手に取れるようにすべき。新聞、雑誌もなるべく沢山の種類、多様な考え方を反映できるようにすべき。」と言われていたのが印象的です。

子どもの発達に応じて、どんな本を、どんな風に読むといいかなどをアドバイスしてくれるのが、まさに図書館司書です。単なる書架整理や取り次ぎをする人ではないのです。

図書館の命は建物ではなく、図書資料そのものであり、それを生かすことのできる司書です。これをないがしろにして、一部の上層部だけで図書資料の優劣を判断することも問題です。

図書館の自由に関する宣言は、その時々の社会問題も踏まえながら改訂されているようですが、そのなかには、知る権利とプライバシーとの関係など、図書館の自由と公共の福祉との関係で検討すべき原則なども盛り込まれています。その判断は、一部のものだけで下すのでなく、図書館職員全体に図るべきであり、市民にも問うべきである、とされています。

あらためて、この文章の大切さをかみしめています。
佐賀市立図書館の入り口ロビーには、今も「図書館の自由に関する宣言」が掲げられています。

★松江市のその後→http://www.google.com/gwt/n?u=http%3A%2F%2Ft.co%2F6552wPIdrS

★「図書館の自由に関する宣言」→http://mwkp.fresheye.com/mb/m.php/%e5%9b%b3%e6%9b%b8%e9%a4%a8%e3%81%ae%e8%87%aa%e7%94%b1%e3%81%ab%e9%96%a2%e3%81%99%e3%82%8b%e5%ae%a3%e8%a8%80?from=ymb_ser

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