第133回 勧興小学校卒業式

 午前中は、市内の小学校の卒業式が行われました。今年は中山間地の富士町にある富士小学校が富士南小学校と統合されるために、最後の卒業式となりました。

 私は地元の母校・勧興小学校の卒業式に参列しました画像が、今年は133回目の卒業式。振り返ってみると、私は93回目の卒業生ですから、40歳違いということですね・・・・。
 私たちは45人前後で5クラスありましたが、今年は2クラスで46人。昔なら1クラス分です。ですから、昔は在校生も3年生以上しか参加できませんでしたが、今では1年生から参列できるので、それはいい点かもしれませんし、「お別れの言葉」の群読の時には卒業生と向かい合って言えるのも、すてきな風景です。

 卒業証書を受け取る前に、将来の夢や希望を語るのが恒例ですが、今年の卒業生は「人を喜ばせる○○」「人を幸せにできる○○」「人を笑顔にさせる○○」という形容詞がついた上で、医師、保育士、サッカー選手、バスケットボース選手というのが多かったのが特徴です。あとは、放送作家や小説家、通訳士、という子もいて、6年後の大学受験のころにこの夢がまだ続いているか、振り返ってみると面白いだろうな、と思います。

 砂後校長先生の式辞の中で「失敗を怖れず、失敗の中から学ぶことの大切さ」を語り、「『希望』という字を思い浮かべてご覧なさい、希望とはどういう意味でしょうか」という問いかけがありました。先生によると、「希」はきめ細かく目のつまった布、ということだそうで、「望」は背伸びして月を眺めようとするさま、だとのこと。つまり、「希望」というのは「大変ちいさなすきまから、光をめざそうとするさま」だということだそうです。あらためてそう考えると、「希望を持つ」ということは、とても尊いことだと思えます。「希望を捨てない生き方」=「諦めない生き方」ということをしみじみ考えながら、お話をうかがったことでした。

 佐賀市と教育委員会を代表しての祝辞は佐賀市の伊画像東総務部長でした。いつもは用意された祝辞の原稿を読み上げるだけ、というパターンが多いのですが、伊東部長は「祝辞を預かっていますが、その前に」と切り出し、「先ほど校長先生が1万何百名と読み上げられましたが、実は私もその一員で、昭和42年3月にここを卒業しました。卒業生として、こうしてみなさんに祝辞をお伝えできることをとても嬉しく思います」と添えられ、祝辞を読み上げる間も、本当に嬉しそうで温かみにあふれたご様子が、印象的でした。

 恒例のお別れの言葉のときは、一人ひとりの言葉に耳を傾け、その表情を見るのが楽しみです。間で式歌として卒業生、在校生がそれぞれに歌う部分では、卒業生は1組、2組で高音部と低音部を分けていたので、来賓席に近い2組は低音部ということで、主旋律が聴こえにくかったのがちょっと残念でした。たぶんもともと高い声のほうが出やすい子とハスキーな声の子との特徴を無視した形なのが気になりました。それぞれのクラスで2部合唱になるように分けたほうがクラスの中でもハーモニーが楽しめていいだろうに・・・とも思いました。
 一方、在校生の歌のときは、1年生から5年生までの迷いのない素直な声がひとつになって響きわたり、まっすぐ心に届いて、思わず涙がにじんでしまいました。
 6年生ともなると、声変わりする子もいるだろうし、声にあったパート分けをしたほうがいいと重ねて思います。

 式歌の最後に「歌いましょう、わたしたちの校歌を」という卒業生の呼びかけに、先生方も来賓もいっせいに起立して、みんなで校歌を歌うのですが、これも大好きな瞬間です。

 というわけで、心温まる卒業式でした。これからの卒業生の未来が輝くものとなりますように。

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この記事へのコメント

asa
2014年01月03日 17:11
僕もこの年に勧興小を卒業しました。懐かしいです。

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