しんぶん赤旗の創刊記念日に故・船津晁子さんの告別式

 今日から2月。
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 2月1日は日本共産党の機関紙「赤旗」(当時、「せっき」と読んだ)が1928年に創刊された85年目の記念日です。

 当時、天皇制政府が中国大陸に侵略しようとしていた時に「戦争反対」「8時間労働制」「女性にも選挙権を」と、今の日本国憲法にうたわれている内容を堂々と論陣を張った新聞でした。

 国民主権と戦争反対を訴える新聞だったために非合法となり、印刷屋を次々に変えたり、暗号で原稿や組文字のやり取りをしたり、配る時は靴の底に隠したり、小さく折りたたんで人から人へと渡したり・・・・と大変な苦労の末に、党外も含めて多くの人の手で発行が支えられてきました。

 企業・団体からの献金を受け取らないからタブーのない新聞として、国民の暮らしを守る立場からの腰をすえた報道ができます。また、スクープだけでなく、小さな動きでもじっくりと見据えて系統的に報道する、という立場は、最近では「さよなら原発」の官邸前での抗議行動を昨年3月の小さな動きの時から報じ続け、ついには20万人という空前のアクションに広がっていく過程をしっかりとらえていることなどに表われています。

 このしんぶん赤旗には、党派を超えて、平和や民主主義、草の根の声を大切にする願いで一致する幅広い人たちからの期待が寄せられています。
 
 総選挙後、安倍自公政権のもとで、憲法改悪や社会保障の切捨て、消費税増税などの生活破壊の動きが強まっている時だけに、一人でも多くの方に、この新聞を身近にお読みいただきたい、と心から願っています。

 さて、そういう記念日に、1月30日に急逝された共産党東部地区の佐賀市諸富支部長・船津晁子さんの告別式が昼前から執り行われました。

 私は、晁子さんが所属しておられた画像合唱団コールぽけっとの歌の仲間の一人として、お別れの歌を歌うことにしていたのですが、歌う前にひとこと、お別れの言葉を述べさせていただきました。それは、おおよそ次のようなことです。


 船津さんは岐阜で生まれ、名古屋で働いておられた時に、新日本婦人の会の友人の仲立ちで佐賀においでになり、船津明弘さんと結婚されました。一時期は佐賀市の中心部で日本共産党成章支部長も務められましたが、その後、船津明弘さんの実家である諸富に移られ、やがて明弘さんが諸富町議に立候補・当選されてから、その活動を支える大きな力となられました。
 さらに、義弟の秀島光男さんも町議となられ、小さな諸富で、「住民子を主人公」の立場で働く日本共産党議員を2人も生み出す力を発揮されました。

 15年ほど前に、夫・明弘さんがご病気で亡くなられた後も、地域でのつながりを大切にし、民生委員や自治会活動、地域の美化活動などに積極的に取り組むとともに、共産党諸富支部長として、町政刷新、合併してからは佐賀市の政治革新のために全力をつくされました。

 その晁子さんのよりどころのひとつとなったのは文化活動であり、合唱だったのではないでしょうか。2000年に合唱団「コールぽけっと」を結成した時には、喜んで参加してくださいました。当初は、私も指揮を務めていたのですが、いつも1曲1曲、その曲のもつ思いを聴き手にどうやって届けるのかを真剣に探求されていた晁子さんの眼差しを忘れることはできません。
 コールぽけっとだけでなく、「平和の旅へ合唱団」や諸富町の混声合唱団にも所属され、オカリナのレッスンにも励んでおられるなど、忙しいのに実に多彩な活動をなさってました。

 晁子さんは昨年の総選挙後、いよいよ今年は参議院選挙と10月には佐賀市議選をひかえて、とりわけ、市議選では諸富から共産党佐賀市議の3人目としての林清利さんを送り出すためにがんばらなくては、と張り切っておられました。29日には、そのための会議を控えていて、前日の夜、「会議には出席するけれど、そのあと地元の合唱団のレッスンがあるので、途中退席させてほしい」との連絡を共産党の事務所によせてこられた直後に倒れられたということですから、どんなにか無念だったことでしょう。

 私たちは、その晁子さんの思いを引き継ぎながら、一日一日、その瞬間を精一杯生きていかなくてはならないと思っています。

 今日は、晁子さんのお気に入りの歌の中から、日本共産党員で若くして亡くなった労働者作曲家・荒木栄さんの「花を贈ろう」をみんなの思いを乗せて歌います。ぜひ、お聴き下さい。


   「花を贈ろう」

  ふぶきの夜を歩いてきた

  ぬかるみを 飛び越えてきた

  日照りにたたかれてきた

  嵐の夜を 走ってきた

  手を取り合って 歩いてきた

  節くれだった荒れた手に

  ふるさとをつくる 仲間の手から

  花を贈ろう オレンジの

  (ハミングの間に、合唱団仲間であり、新婦人佐賀支部長の丹 千代子さんが、新婦人の会員としての船津晁子さんへの思いを語られました。特に、2月3日には新婦人佐賀県本部主催で『新婦人結成50周年を祝う会』が計画されていて、「うたで綴る50年」の企画で、一緒に歌うレッスンをしていたのに、という無念の思いを語られたときは、ハミングをしていても泣けてしかたありませんでした)

 こうして、歌の仲間としての弔辞とさせて頂きました。

 74歳のご生涯を、あまりに突然に閉じてしまわれた晁子さん、どうぞ私たちを見守っていてください。そして、安らかにご永眠されますよう、お祈り申し上げます。
 
 (写真は諸富~佐賀を結ぶ旧国鉄佐賀線の跡に作られた「徐福サイクリングロード」です。昨年の秋ごろ、船津晁子さんを先頭とする諸富支部と林清利党市議団事務局長で、『夜は街灯がなくて暗い』と寄せられた地域要求に基いて、この道を夜、2時間かけてどこが暗いかをチェックされていました)

 

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