52回目の誕生日

今日は私の52回目の誕生日です。
1960年6月29日(水)午前5時15分に社会保険佐賀病院で生まれたそうです。ちなみにその頃、祖父・速水保彦が院長を務めていたので、「速水院長の孫、生まれる」と記録されたそうです。写真は生まれて間もない頃のワタクシです。
当時、六十年安保の嵐が吹き荒れていた頃で、連日、国会要請デモが全国から押し寄せていたそうですが、私の父もちょうど上京して留守だったそうです。
その頃は、佐賀でさえも道路いっぱいに手をつないで行進する「フランスデモ」が行われたそうで、小さな子どもたちも「アンポ、ハンタイ!」と声をあげながら遊んでいたほどだそうです。
そんな時期だったので、5月1日のメーデーのとき、母は大きなお腹を抱えて「安保、ハンタイ」とデモ行進をしたのがたたって妊娠腎という症状になってしまい、入院しなくてはならなくなったそうです。
そんなわけで、父が国会要請デモに行っている間に、予定日より2週間ほど早く、私は生まれたのだそうです。
朝早くに生まれたことと、激動の時代に「日本の夜明けを告げる」願いを込めて、明子、と名付けられたそうです。
あれから52年経った今も、激動の時代になっています。消費税増税、原発再稼働、TPP参加などなど、今後の日本の行く末を左右する大問題が渦巻いています。
奇しくも今日は金曜日。原発再稼働に反対する首相官邸前行動が毎週金曜日に行われており、先週は4万5千人が集まったそうです。今日も官邸前に集まろう、と呼び掛けが広がっています。先週を上回る行動になることと期待しています。
というわけで、激動の日々ではありますが、1日1日を大切に、生き生きと過ごせたら、と思います。
今後とも、みなさまのご指導とお付きあいのほど、よろしくお願い申し上げます。
この記事へのコメント
お誕生日おめでとうございます。
私も今、自ら宅老所を立ち上げようと思い、同じ志を持った仲間たちと奮闘しています。
これから、県の保健福祉事務所と折衝してきます。
いつか開設になった時にでも見に来ていただけると嬉しいです。