新婦人の学習交流会で原発問題をまなぶ

 今日は新日本婦人の会佐賀支部の学習交流会が歴画像史民俗館の旧古賀家住宅で行われました。ふだんはひなまつりをはじめとしたイベントでお馴染みの場所ですが、ここで学習交流会というのは風情のあることでした。

 午前中は弁護士・東島浩幸さんによる原発問題の学習会。主に「なくそう原発!九州玄海訴訟」の取り組みについて、その意義を、原発の持つ異質な危険性と福島原発事故の現実に照らして報告していただきました。
 ちょうど昨日は九州弁護士連合会の総会が開かれ、「原子力発電からの撤退と再生可能エネルギーの推進を求める決議」が採択されたとのことで、九州訴訟の原告弁護団に参加してくださる弁護士も増えそうとのこと。

 もともと、九州の弁護士会として、これまでの原発訴訟には積極的に関わってこなかったそうで、それは東島弁護士自身、プルサーマル裁判の原告弁護団を要請されたときに、あまり科学的な分野は得意ではないし、ほかに当面大事な問題をかかえていたこともあり、「ほかをあたってください」と断っていたのこと。その背景にはやはり、危険だといいつつも、どこか「そうは言っても事故は起こらないだろう」という意識が働いていたからに他ならない、とおっしゃっていました。
 このことは、多くの人に当てはまると思います。私だって、学習会に参加したり、本を読んだりして原発の危険性は頭ではわかっていても、やはり切迫感はなかったし、それほど積極的に取り組んでいたとはいえませんから。

 しかし、福島原発事故が起きてからは、そうは言っていられないということがはっきりしてきたし、玄海原発の老朽化した1号機やプルサーマルの3号機をふくむ全体を稼動させないという立場で訴えを起すことは、未来の世代に対する責任ではないか、という認識を述べられました。これは、ぴったり来ることだと思います。
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 これまで原発問題での裁判は負け続けてきました。それは、裁判官が総論では「原発の安全基準は具体的な危険性とは離れたところで科学的・客観的に検証されなくてはならない」と言いながらも、各論では「具体的危険性の立証責任」を原告側に求めていたために、なかなかハードルを越えられなかったという背景があったようです。
 また、裁判官自身が国策としての原発に批判的な判決を下すことはほぼありえず、裁判官もまた「安全神話」に浸っていたと思われます。

 しかし、3月11日以降は流れが変わったようです。たとえば、島根原発訴訟では、「3.11の福島原発事故の被害の実態を論点として採用したそうです。今後はそういう流れになっていくと思われます。

 九州玄海訴訟でも、福島原発事故の実態を明らかにすることが福島の被災者を救済する上でも運動を広げる上でも重要になるとのことでした。
 たとえば、水俣病の問題は「政治決着が着いた」とされていますが、政府が水俣病の全容を調査せずに被害のひどい部分のみを認定したため、本当の被害がどのように広がっていたのかはわかっていないというのが実態だそうです。広島・長崎の原爆被害も、「死の同心円」の認定の範囲が狭いために原爆症の認定がなされていない被爆者の補償ができていない、という問題があるのと同じです。
 そういう意味で、福島原発の被害も、どのように広がっているのか、どう現れているのかなどをきちんと把握することが被害者を全面救済する道となるわけです。

 その実態調査を迫る運動とともに、さまざまなデータを開示させること、論戦からそらさずに国や電力会社に「応答義務を課す」ことが裁判によってできるということです。そのことが世論と運動を励まし、またそれによって裁判も支えられていくという「相乗効果」が期待されます。

 というわけで、裁判参加費用5000円をなんとか捻出して、多くの人がこの裁判に参加できるような運動にしていこう、ということで一致しました。

 お昼は無農薬米のおにぎりや豚汁が用意され、午後からはちぎり絵教室が計画されていました。お昼ごはんは200円で材料代と東北への支援カンパがふくまれているとのこと、また、ちぎり絵でつくったハガキを東北の被災地に送るのだ、と聞いたので、ぜひ参加したかったのですが、残念ながら1時から別の会議が予定されていたので、午前中だけの参加となりました。

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