「いのちの山河」のパンフレット

 昨日の「いのちの山河」の上映会に、秀島市長がその後、みえたかどうかは謎でしたので、広域連合議会の休憩の合い間にお尋ねしたら、朝会場に顔を出して、時間を確かめたけれど、観には行けなかったとのこと。「みたかったんですけどね~」とのことでしたので、あらかじめ用意していた映画のパンフレットをおすそわけしました。

 本当に、しつこいようですが、あの映画は、地方自治体や行政はなんのためにああるのか、自治体職員や首長や議員は何のために働くのか、ということの原点が示されているように思います。

 65歳以上の医療費無料化の条例案を審議する議会で、村長が提案した後、議員からは反対論が続出します。「医者にかかるなら、本人が少しは負担するのが当然」「無料になったらどんどん医者にかかって、今でも厳しい財政がパンクする」など、今でも子ども医療費の助成などを議論する時に毎回出てくる意見が出ていました。

 それに対して、深沢村長はなんと言ったか。「姥捨て山の話をご存知でしょう。病気になったり年を取ったら、山に捨てられに行く悲惨な話です。これまで戦争中を苦労して生き抜いてきたお年寄りをそんな目にあわせるのですか。若いお嫁さんたちがそんなことをするようになったら、村の秩序は崩れます。そんなことは許されません」と。

 無料化に賛成の若い議員は「家族に迷惑をかけられない、と我慢をさせていいのか。お年寄りに死ねというようなことはできない」と力説します。傍聴席からは拍手が沸きます。

 夜も更けて、議論も出尽くしたところで採決に入ります。村長の65歳医療費無料化条例案に賛成の議員の起立を求めます、と議長に促され、次々と起立者がふえるなか、ついに全員賛成で可決されたのでした。

 この議案がでてくるまでの状況は、お年寄りが病気を苦にして自殺すると言う事件がいくつも起こることからでてきます。そして、村の職員も村長も、「なんとか、村民を助けたい」「村を住みよくしたい」の一心で、必死で議論し、行動するのです。
 本来、これが、住民からみて求められている当然の政治の姿だと思います。それなのに、いまや、どうなのでしょう。自己責任論が横行し、介護を苦にして自殺したり殺したり、あるいは福祉の光が当たらないまま、餓死する事態も起きています。

 この佐賀市でも、亡くなって数日してから発見された、という話もいくつも聴きます。深沢村長なら、「いのちに格差があってはならない」「わが村から、病気を苦にして自殺する人は出さない」「せっかく生まれた命を医者にかかれず死なすようなことはさせない」という断固とした対応を取ることと思います。

 佐賀市でも、佐賀県でも、国においても、そういう対応こそが求められるのだと思うのです。それこそが憲法25条の規定なのですkら。
 まあ、そういう深沢村長の語録や、高齢者医療・福祉をとりまく情勢の変遷などがわかりやすくまとまったパンフレットなので、秀島市長にもぜひご覧いただきたく、進呈した次第です。

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この記事へのコメント

pine
2011年02月14日 11:59
弱者目線の政治を実現してほしいです。

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  • 政治家は高江の現地に行き,座り込むべきだ

    Excerpt: 7時のNHKテレビは今日もまた,国技館の幟旗が無駄になったという相撲のニュースに冒頭6分間も使った.もはや,この局のニュースは,何を伝えるかではなく,何を隠すかが目的であることがミエミエになったように.. Weblog: ペガサス・ブログ版 racked: 2011-02-08 17:23