前衛書家 平川朴山 生誕100年記念遺作展

 今日は事務所で荷物の整理中に画像目に付いたフリーペーパーの記事を見て、前衛書道家 平川朴山の生誕100周年記念遺作展が明日までだったと気づいたので、夕方、県立美術館に飛んで行きました。

 「平川朴山さん」とは、「有名な書家」だとは聞いていたものの、書の心得のない私としてはどのくらい有名なのかも知らずにおりまして、私にとっては日本共産党議員の先輩である鳥栖市議の平川忠邦さんのお父さんだ、というほうがピンと来るとうくらいでした。

 それに、書道展というと、漢詩か何かがズラズラ~ッと書かれているもの、という固定観念があったので、画像正直言って平川忠邦さんご夫妻や、平川朴山さんのお弟子さんの一人である、尼寺さん(同じく鳥栖市議の尼寺省吾さんの奥さん)からのご案内があったこともあって、足を運んでみたというわけです。

 しかし、固定観念は見事に打ち砕かれました。会場には思いのほかお客さんがいらしていて、華やいだ雰囲気の中、かかげられた作品は大胆で、思い切った筆運びのものや、繊細だったりユーモラスだったり、まるで絵を見るような気持ちで楽しむことができました。

 目も離せないような迫力のある作画像品、同じ「花」や「開」という字でも、全然違う作品になっていたり、「楽」や「空」という字が笑い声や涼やかな青空が感じられるようなものであったり、と、本当に興味の尽きないものでした。

 前衛書というのは、とらわれないものなんだと感じ入りました。

 平川朴山さんがどんな方だったのかを端的に表現している文章がありますので、ご紹介します。(桜楓社書房発行「アートウォーカー」2007年11月 第4号 より)

 九州前衛書の草分け

 平川朴山は佐賀県鳥栖市に生まれた。上京後は現代書の礎を築いた上田桑鳩に師事。桑鳩精神をこよなく愛しその開拓魂のもと書表現に繚乱の花を咲かせていった。
 時過ぎて書壇にも政治的色合いがよぎりだした頃、朴山の純粋な芸境はそれを拒否した。

 歴史の流れの中に在る自分であることを、しっかり意識して、歴史を背負った上での現在の自分が、歴史を受け継いだ感覚と、現在の自分をどう生きるべきかの観点に立って、自分なりの持ち味を、周囲の風潮に煩わせることなく打ち出せるもの、これでありたいと思う。
        (現代書芸院発行「書の心」 昭和52年2月号巻頭言)


 自由や純粋性の奪われる芸術は平川朴山には無縁。上田桑鳩の前衛精神を作家平川朴山はその生き様として受け継いだ。
 中央書壇との決別、そして故郷鳥栖での地方文化への貢献は朴山にとって必然の道程であったのだ。


 以前、佐賀でシンガーソングライター画像・梅原司平さんの本格的なコンサートを県立美術館で開くときに、ポスターに毛筆で「命どぅ宝」と書いてもらおう、と平川忠邦市議を通してお願いしたら、快くひきうけてくださり、おちついた色合いの中に、力強い文字が躍ったいいポスターができたのでした。
 今から考えると、宝物のようなポスターだわ!どこにもぐったか、ひっぱりださなくては!

 というわけで、これからもう少し関心もってみてみたいとおもったものです。



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この記事へのコメント

平川史明
2021年05月27日 01:47
孫です、何となく検索していたらここにたどり着きました。
書道に関しては自分も無知なのですが、小さい頃から祖父の書は好きでした。
無口な人であまり会話をしたことはなく、凄く怖い人だなと感じてました。
しかしここのブログでの祖父の写真を見て心が穏やかになるようでした。

数年前のブログにコメントをするのも気が引けましたが
祖父の事を記事にして下さり嬉しくなり書き込みました。

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