そのとき歴史が動いた~瀬長亀次郎さんのこと

 昨夜のNHK「そのとき歴史が動いた」は、沖縄の祖国復帰に向けた沖縄県民と瀬長亀次郎さんをテーマにしていました。

 事務所でのり貼り作業をしながら見ていたのですが、あまりの偉大さに作業の手が止まることもしばしば。

 瀬長さんは、沖縄の祖国復帰のために命を張ってたたかわれ、「祖国復帰の神様」と呼ばれたことが番組のインタビューで登場した上原さんの口からも出されました。私も、「亀さんと一緒に祖国に帰ろう」というスローガンがあったことを聞いたことがあります。

 アメリカは沖縄を自らの世界戦略の要石(キーストーン)と位置づけて、沖縄の全土を基地とするために乱暴な土地収用令を発し、地主が借地に応じない場合は米軍が接収できる、というやり方を押し付けました。しかもその借地料は、1年間でコーラ1本分だった、という話も出てびっくり!!

 沖縄の人民は飢えに苦しんでおり、土地の接収のためにブルドーザーで掘り返される畑に女性たちが飛び出して、植えていた芋を拾う場面も衝撃的でした。一方で昭和31年ごろ、本土では「もはや戦後ではない」と朝鮮戦争の特需のあとの経済成長に湧いていたという場面が出され、その対比に、あらためて沖縄の人々の歴史と「本土」の歴史を重ね合わせて考える必要を感じました。

 瀬長さんは、土地の借地料は適正に設定すること、土地の永久収用につながる「地代の一括納入」には断固反対、新たな郡用地の拡大はゆるさない、など「土地収用4原則」をかかげ、そのことに沖縄の人々は共感をよせ「島ぐるみ闘争」に広がっていきます。

 やがて、瀬長さんは那覇市長選に立候補し、当選します。ところが、瀬長さんを目の敵にしたアメリカ資本の銀行は那覇市に融資をせず、公共事業ができない、といういきづまりに直面します。これに対し、市民が立ち上がり「アメリカ時本が融資しないなら、自分たちが税金を納めよう」と次々と市役所の窓口に税金を収めに来る様子が映されました。これはすごいですね~。当時77%だった市税納入率が80数%にまで高まったといいます。これにより、自前の予算で公共事業ができるようになったそうです。
 また、反瀬長派の多い市議会の中で市長が孤立しないように、と市民が傍聴に出かけるようになった、とも報じられました。

 しかし、アメリカはこれでひきさがらず、市長を罷免する決議を議会があげる場合の要件を銀の3分の2以上から過半数に切り下げて、決議が通りやすいように条例を勝手に変えて島しました。これにより、反瀬長派の賛成多数で瀬長市長は職を追われてしまいました。さすがにこのことは、本土でも問題になり、地方自治に対するアメリカの介入だ、と反発が広がりました。

 沖縄と本土の人民の要求の広がりの中で、沖縄の祖国復帰が日程に上ってきます。ただし、日米両政府にとってはお互いの戦略でしかありませんでした。つまり、「基地はそのまま」ということ。これに瀬長さんたちは猛反発します。

 瀬長さんは復帰前の沖縄を代表して国会議員として送り出されます。国会で紹介される場面がありますが、うしろに兵庫選出の浦井洋さんなど、日本共産党の国会議員団とともにおられる姿が映されました。
 その後、瀬長さんたちの沖縄人民党は1973年に日本共産党と歴史的合流を果たし、瀬長さんは日本共産党の副委員長も勤め、衆議院議員7期をつとめました。・・・・・という話はテレビには出てきませんでした。
 でも、このような闘いの先頭にたって来た方が日本共産党なんですよ、ということを言いたいですね。

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この記事へのコメント

×第二迷信
2007年08月02日 21:00
>しかもその借地料は、1年間でコーラ1本分だった、という話も出てびっくり!!

「ウィスキー1本」でマンハッタン島をくすねた先祖の血を引いてるんだなあ…。

亀さんの「民族の怒り」買いましたねー。
「沖縄を返せ」口ずさみながら。
「一坪たりとも渡すまい」とか。

(何度でもだまされる日本人も、人がよすぎるわ…。)
おんじ
2007年08月03日 06:31
今朝は、回復できていて閲覧できました。ご報告まで。
管理人 明子
2007年08月14日 01:05
>×第二迷信さま
アメリカのご先祖は、先住民からウイスキー一本でマンハッタン島を手に入れたのですか?なんでもありですね・・・・。

 亀サンは、ベトナムのほーおじさん(ホーチミン)に似てるなあ・・・とずっと思ってました。
 

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