3.1ビキニデーは中山重俊さんの誕生日
3月1日は、戦後アメリカが南太平洋のビ
キニ環礁で素縛実験をしたときに静岡県焼津港のマグロ漁船「第5福竜丸」が付近で操業中で、水爆実験の「死の灰」を浴びてしまった、「ビキニ・デー」です。
広島・長崎につづいてビキニで日本人が原水爆の被害にあい、死の灰をあびて原爆症で亡くなったビキニ被災者の久保山愛吉さんは「私を最後の被爆者にしてほしい」と言い残されました。このことがきっかけとなって、東京杉並区のお母さんたちが「世界から原水爆をなくしましょう」と「ストックホルム・アピール署名」に取り組み始めたのが、日本の原水爆禁止運動の始まりです。
日本の3大平和運動といわれているのが、この原水爆禁止運動、母親運動、そしてうたごえ運動、なのです。この3つの運動はそれぞれ「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、ノーモア・ヒバクシャ」「いのちをうみだす母親は、生命を育て守ることを望みます」「うたごえは平和の力、うたは闘いとともに」というスローガンを受け継いで、60年近い歴史をつむいでいます。
さて、この平和の日、3月1日は中山重俊議員の59歳のお誕生日でもあります。おめでとうございます。今年もまた一年、元気いっぱいご活躍なさいますように☆
キニ環礁で素縛実験をしたときに静岡県焼津港のマグロ漁船「第5福竜丸」が付近で操業中で、水爆実験の「死の灰」を浴びてしまった、「ビキニ・デー」です。広島・長崎につづいてビキニで日本人が原水爆の被害にあい、死の灰をあびて原爆症で亡くなったビキニ被災者の久保山愛吉さんは「私を最後の被爆者にしてほしい」と言い残されました。このことがきっかけとなって、東京杉並区のお母さんたちが「世界から原水爆をなくしましょう」と「ストックホルム・アピール署名」に取り組み始めたのが、日本の原水爆禁止運動の始まりです。
日本の3大平和運動といわれているのが、この原水爆禁止運動、母親運動、そしてうたごえ運動、なのです。この3つの運動はそれぞれ「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、ノーモア・ヒバクシャ」「いのちをうみだす母親は、生命を育て守ることを望みます」「うたごえは平和の力、うたは闘いとともに」というスローガンを受け継いで、60年近い歴史をつむいでいます。
さて、この平和の日、3月1日は中山重俊議員の59歳のお誕生日でもあります。おめでとうございます。今年もまた一年、元気いっぱいご活躍なさいますように☆
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