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zoom RSS 被災地を駆け足で視察

<<   作成日時 : 2014/07/28 19:20   >>

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 第56回自治体学校が仙台市で開かれたので、こ画像の機会を利用して最終日の午後、塩釜地域の復興支援ボランティアセンターの中川邦彦さん(前塩釜市議)の案内で中山重俊議員、鳥栖の尼寺省吾議員とともに被災地をいくつか見て回りました。

 私は3年前の10月に塩釜、多賀城、七ヶ浜に救援ボランティアに行った際にも周辺の被災地を視察しましたので、3年半経ってどうなっているかが気になっていました。

 時間の制約もあり、足を運んだのは石巻市の大川小学校〜雄勝地域〜女川町立病院〜石巻市門脇小学校跡〜日和山公園〜名取市閖上地区〜仙台空港周辺というルートでした。

 全体として以前はまだ地盤沈下に画像より水が上がってきて近寄れなかった地域でも近寄れるようになっていた反面、石巻市立病院や雄勝公民館、雄勝中学校などは撤去され更地や盛土の集積所となっていたり、あらたな復興住宅が建設されるためにトラックが行き交う様子が見られました。

 それでもまだ雄勝の港に近い山林では高い木の上に漁網が引っかかったままになっていたり、高台にある女川町立病院のさらに手を伸ばす位の高さ(海面から19,5メートル)の所まで津波が迫った様子に、初めて被災地を訪れた中山さんや尼寺さんは息を呑んでいました。

 被災地はまだ復興に向けて動き出したばかりで、住宅問題やまちづくり、日々の暮らしの上での精神的な支えなど、課題は山積みです。これからも、「被災地を見て、感じてもらいたい、忘れないでほしい」と中川さんは仰っていました。
 なお、この間集めていた募金もこの機会に手渡すことができました。

これから飛行機で戻ります。

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 石巻市立大川小学校。渡り廊下がねじ切れるように倒壊しています。3年前は水が上がっていてここまで近寄れませんでした。

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 大川小学校の教室内部。このほかに体育倉庫などは当時のまま残っていました。

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 学校の手前の祭壇には今もお線香が絶えません。私たちも、中川さんにご用意いただいたお線香をあげさせていただきました。この奥には、犠牲者の名が刻まれた碑があります。この日もよその中学生が訪れ、黙とうをささげていました。

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  女川町立病院のある高台から港を望む風景は3年前とあまり変わらず、倒壊したビルはそのままでした。

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 女川町立病院は高台にありますが、それでもここまで津波は来ました!(海面から19,5メートルに柱の印が)尼寺省吾鳥栖市議も驚いておられました。

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 変わったこの1つ。女川災害FMの放送局が町立病院の敷地に隣接して建っていました。

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 変わったことの2つめ。女川FMの隣に「おちゃっこくらぶ」というサロンがありました。ここの珈琲は美味しかった!

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 おちゃっこくらぶの店内はこんな感じです。

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 女川名物「さんまパン」だそうです。電子レンジでチンするのだそうです。

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 私たちを案内してくださった中川邦彦前塩釜市議と。

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